翌る日の詩
塩原 経央
熬られて熱き潮水の夏の仕置きはあながちに、 熬られて=いられて あながちに覚え知らぬと言ふにあらねど、 背燒かるる鮑の身悶え、 鮑=あはび 身を揉んで搾り出す生きものの旨みを、 業苦のその旨みをこの口に、 われは酔ひぬ、きのふのうたげ。 卓上の鯛や鮃や甘蝦や、 鮃=ひらめ、甘蝦=あまえび 短册に切られし烏賊の舟盛り。 烏賊=いか われは酔ひぬ、きのふの愉快なるうたげ。
とんび舞ふ虚空に雲脚速く、 疾く流るるけさの岬の先に立ち、 疾く=とく きのふの奢侈を少しく悔いて、 奢侈=しやし 父や母を思うてゐたり。 あはれ、裸電球に照らされし、 その貧しき食卓を思うてゐたり。 されど、その食卓をまるく囲みて、 まどゐせるはらからと物を食ふさまを、 われは笑みとともに思うてゐたり。
遠き時間の彼方より押し寄せて来るもの、 そは巌を洗ふ白き波なれど、 しかはあれど、幾峠路を越えて来たりし、 いにしへびとの在りし日のさんざめき、 あはれ、磯をたたく波の音。 遠き国より届き来る父や母からの便りなれば、 われは粛然として海に向かひて立ち尽くし、 カモメに託して返り事せむ。 われは息災なり、妻子もまた息災なりと。 (〇二・九・三〇) |