故 老
塩原 経央 故老あり。
竹杖をもつて冬ざれの畠中の路を緩歩す。 竹杖=ちくぢやう
暗雲垂れ罩めて崖下の家並眠るが如く、 罩=こ、崖下=がいか
雪花散りかかりては斜めに流る。
雪花=せつくわ
時の過ぎ行くこと幾何なるや。
幾何=いくばく
曾て少年は此の丘の上に立ちて、
曾て=かつて
駅舎の彼方へ見はるかす青海原に、
熱き志立つることを自らに誓ひぬ。
ああ、茫々たるかな青春の日々。
貧しくも輝きの満てるその時々刻々を、
夢見がちにかつはまた道を急ぎて、
己が身の丈に降り積もらせぬ。
己=おの
故老あり。
竹杖に凭れて既に降り積もる肩の雪を知らず、 凭れ=もたれ
昨日見し旨き夢の名残に、今ははや
暗き雲と海のはざまに遠き潮の音を聞くのみ。 音=ね
(〇二・十二・十九)