菩薩の慈悲
塩原 経央
草を毟りて関節を痛め、
身を支ふるに杖を以てす。
路上 蹌踉と歩を進むれば、
細雨 肩の上に緑苔を沾(うるほ)す。
自転車は追ひ抜きざまに蹇(あしなへ)の危ふきを罵り、
走り行く車には泥水の飛沫を浴びせらる。
目をこすり見れば、
万境 是れ魑魅魍魎の棲む処。
凶事 日常の皮の下に隠れ居るも、
事あらば食ひ破つて飛散すること蜘蛛の子の如し。
或は針にて螫(さ)し、或は爪にて引つ掻き、
人の難に遭ふを腹を抱へて愉び嗤ふ。
通勤の車中、足弱に席を譲る者千人に一人。
席譲らるゝこと百日に一回。
人情 何時の頃からか紙の如くなれば、
若し此好運に邂はば 茲を以て菩薩の行と知るべし。
(平成十七年七月九日)