おひたちの記 一 ささがにの、いと幼きより父なる人の、折々に古文うそぶくを口眞似に眞似て、何とやらん深き心は知らねども、耳に心地よき言の葉の數々かな、願はくばかかる文ども讀み集めて、今の世の人々の英語佛蘭西語いかで學びとらんとすらんやうに、いにしへの言の葉まねびとらばや、さて新しき物語一つ二つ、古き文字もて書き出でばや、と思ふ心はありながら、師もなき友もなき孤獨の身、はやる心のやうやう冷め行くを、折からにふと目とどめし新聞の記事、今の世にも文語文熱く語る同志ありとぞ、こは嬉しとも嬉し、同じ心に古語を思ふともがらのありけるは、我いかにしてかかる人々の輪に交はらん、そのかみの、振り分け髪の昔より、我は昔の戀しきものを。 ▼次へ ▼「詩藻樓」表紙へ戻る |