愛甲次郎 - 見えざる文化(知られざる叙事詩) - 連載第一回 「印度の発見」をめぐりて |
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見えざる文化(知られざる叙事詩) 連載第一回 「印度の発見」をめぐりて 余のクウェイトに在りし時のことなり。転勤を命ぜられしバングラデシュの大使のため一夜中国大使、送別の宴を張り、亜細亜諸国の大使をその公邸に招く。クウェイトは外交に腐心せる国なればパキスタン以東のみにても亜細亜の大使は十二人を数へ、ために二対の円卓用意せられたり。 余はインドネシア、スリランカ等の大使と共に第二卓に就く。話題は波斯イラク戦争、石油価格の動向、クウェイトの内政、レバノン情勢等々月並み且つやや鮮度の落ちたるものを繰返し反芻すること常の如し。たまたま余はネルーの「印度の発見」を読終へしところなれば、何気なくこれに触れたり。ネルーが同書のうちに激しく批判せし印パの分離に就き言及するは場所柄いささか憚らるることなれば、これを避けラーマーヤナ、マハーバーラタの二大叙事詩に関するネルーの所説を紹介せり。 ネルーは「印度の発見」の過程にて、多様なる言語、人種、宗教を有せる斯の大陸に一の共通せる文化的背景を認め、この文化的共通性を基礎に印度てふ民族国家を築かんとせり。 二大叙事詩のこの共通性の形成に果したる役割やこれを看過すべからず。如何に辺鄙なる村落と雖もそは語り継がれ、数千年の歴史に耐へ民衆の心に深く刻み込まれぬ。そは単なる文学に非ず。哲学なり。道徳なり。宗教なり。「印度の発見」の中に繰返されしこの指摘、是とするや否や。余の質問、恰も火薬庫の前の一擦の燐寸に似たり。スリランカの大使は叫びぬ。 「シータを取戻さんとラーマの赴きたるランカ島こそ我がスリランカなれ。スリランカは「輝かしきランカ島」の意なり。」 インドネシアの大使も穏やかなれど真剣なる面持ちにて切り出しぬ。 「君、ロロジョングランを訪れしや。今更ワヤン(インドネシア特有の影絵芝居)に就き論ずるに及ばず。・・・」 ラーマーヤナの自国への影響に就き争ひ説かんとする二人に、黙すること能はずして泰国大使割込みたり。「泰の舞踊、有名寺院の壁画の題材としてこの叙事詩の有する重要性、云々。」第二卓にて発言の適はざる者、先に一石を投ぜる余のみなりき。果然、第一卓の静まり返りたるを知る。第一卓の印度、パキスタン、バングラデシュ等言はば本家筋の大使、政治経済の今日的話題は打ち捨てて第二卓の話に聞き入りたり。 「昨夜の話、未だ了らず。請ふ。再度続けむ。」翌朝電話し来れる大使、一、二に留まらず。 ▼見えざる文化(知られざる叙事詩)連載第二回へ ▼「逍遥亭」表紙へ戻る ▼「文語の苑」表紙へ戻る |