愛甲次郎 - 見えざる文化(知られざる叙事詩) - 連載第二回 マハーバーラタ
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見えざる文化(知られざる叙事詩)


連載第二回 マハーバーラタ


ここにマハーバーラタ及びラーマーヤナの紹介を試むべし。
マハーバーラタは今を去る三千有余年、北印度、恒河流域に栄えしバラタ族の建てたるクル王国のパーンダヴァ、カウラヴァの二王家の間に生ぜし抗争の物語なり。前者は若くして崩ぜしパーンドゥ王の五王子、後者はパーンドゥ王の盲目の兄ドリタラーシュトラ王及びその百人の王子なり。パーンダヴァの五王子、父王の死後伯父のドリタラーシュトラ王に引き取られ、百人の王子と共に長ぜり。五人は武芸に秀いで、中にも風神の申し子なる次兄のビーマ、怪力をもって知られ、インドラ神の申し子なるアルジュナ、弓を取りては右に出づる者なし。


カウラヴァ百人兄弟の長兄たるドゥルヨーダナ王子、王国における五人の名声を嫉み、これを亡き者にせんと種々の策略を巡らす。一族の長老、賢者ら王国の行く末を案じ、斡旋して国を二分し各々にその一を支配せしむ。されど欲に駆られしドゥルヨーダナはパーンドゥ側の長兄にして王たるユディシュティラに賽の勝負を挑む。ユディシュティラはこれを受くるも到底詐計に長ぜるドゥルヨーダナの敵ならず。回を重ぬる毎に賭けたる財物を失ひ、果ては兄弟、己自身、更には五人の共同の妻たるドゥラウパディをすら賭けの抵に取らるる仕儀となれり。仲裁ありて一旦は仕切り直しとなるも再び勝負に敗れ、遂にユディシュティラ王は約束に従ひ兄弟、妻を伴ひ総てを捨て十二年の放浪の旅に出づ。


インドラ、シヴァの神々、天人、婆羅門の支援を得て、パーンダヴァの兄弟は苦労の末放浪を終へ、カウラヴァ方に領土の返還を要求す。和睦を勧むる父王、長老らにドゥルヨーダナは耳を貸さず、両家の衝突は必至となり、十八日に及ぶ戦端の幕は切って落されたり。クルクシェートラの野に会せし両軍には名高き諸国の王、英雄ども馳せ参じ、国を二分する戦に戦車の巻上ぐる砂塵、飛交ふ矢に白日もまた昏しと言へり。名だたるクシャトリアの戦士のうちにも際立ちたるはパーンダヴァ家の第三王子アルジュナなりけり。王子はヴィシュヌ神の化身たるクリシュナを戦車の御者としてクルクシェートラの野を駆け巡り、強弓を引きて敵兵を倒し、遂に仇敵ドゥルヨーダナを仕留めたり。


親族、友人敵味方に分れて争ひその多くが散り果てし後、生残りし五王子、心の安んずることなし。王国の後事をアルジュナの孫に託して五王子及び王妃はヒマラヤに向け旅立つ。 過酷なる途上に一行は次々に倒れ、最後に残りしユディシュティラ王天国に至りしとき、迎へ出でたるは懐かしき兄弟、妻のみならず、今や憎悪等人間的感情を脱却せるドゥルヨーダナらの笑顔なりき。 筋は上述の如くなるも戦場に登場する人物の運命は前世よりの因縁にて定まり、その織り成す物語とともに人物の性格或は心理状態の描写は微細を尽くす。マハーバーラタは膨大にして十万頌に及ぶも物語は全体の僅か五分の一に過ぎず、余は法律、道徳、制度、習慣、哲学等の文献にして一大文化遺産の体系を成す。


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