愛甲次郎 - 見えざる文化(季節なき暦) - 連載第一回・聖戦の日付
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見えざる文化(季節なき暦)一九八六年記す


連載第一回
 聖戦の日付

 イラン・イラク戦争の状況を追ふ者に取りて三月二十一日てふ日付の意味するところ極めて重し。イラン側は攻勢に出づるに当り宗教或は革命に係りある日を選び士気の高揚を図るを常とす。断食月入、阿修羅(シーア派にとり重要なる祭)、革命記念日、戦争勃発記念日皆然り。以てイラン軍の次期攻勢の時期を占ふべし。
 三月二十一日はノールーズと称せらるる波斯暦の新年なり。余の科威特(クウエイト)にありて日々戦況を追ひつつありし時常に異和感を抱きしはこの日付をイランの選びしことなり。
 イラン・イラク戦争はイランの所謂回教革命を機に起れる革命戦争なりしが、かの徹底せる回教復古主義に基き、ホメイニ師以下の宗教指導者等は波斯社会及び波斯人が生活を回教一色に染上ぐるに専念せり。科威特にてさる波斯人亡命者のいはく。許し難きは僧侶共の回教を重んずる余り、回教に先立つものを古代波斯帝国の栄光を含め一切反回教として否定し去れることにして、彼等はまさに波斯を亜刺比亜化せんとするものなりと。
 然らば回教復帰にかくも憂身をやつす僧侶等の、神の定め給ひし回教暦をさておきて異教徒的波斯暦の日付を用ふるは大いなる矛盾なるのみならず神に対する甚しき冒涜ならずや。テヘランの聖職者は良心の呵責を感ぜざるや。

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