兵燹詩艸 第二部その十三 戰爭畢 其二 戰爭をはる 其の二 東韻 歡聲爆竹巷閭沖 歡聲 爆竹 戍卒悄然心力窮 振廩醴醇千百斛 酣歌旬日鬱咸融 語注 巷閭 村里 戍卒 兵隊 振廩 藏を 開きて物資を施すこと 醴醇 濃き酒と甘 酒 斛 容量の單位、千百斛は多量の義 酣歌 酒を飮みて謳ふこと 當初「日本天皇終戰宣言」とせし華字新聞一變し、無條件降伏と報道して中國の勝利を讚へぬ。此の日を境に彼我位置を變へ、「從來の如き態度にて中國人に接すべからず」、 また、「支那」なる語句の使用禁止となりぬ。巷に勝利を祝ふ爆竹鳴響き、隊の前にて「蔣委員長萬歳」を唱ふる旗行列の何組か通りぬ。 米空海軍の中國移駐、蔣介石麾下軍隊の江南への移動は早早に行はれぬ。連日、米飛行機は鋭き爆音を響せて飛び、國府軍兵士も砂埃を浴びて演習に汗を流しをりぬ。勝者は戰終るも訓練を續くる要あり。敗者はなすことなきが、かかる氣樂なるもまた惡からずてふ氣になりぬ。 そに輪を掛くるが如く、野戰倉庫の酒の大盤振舞となりぬ。福州にては途切れゐしも、野戰にては月に數囘、酒の供さるる決まりなりき。一人あたり二合なるところ、此の時は二升を超ゆる量なりき。四、五日も飮續ければ、敗戰の悲哀も嘘の如くふつ切れぬ。 醉ひし兵褌一丁にて國府軍兵舍に侵入しぬ。言葉の話せる故に交渉に行かされしが、腰だめに構へし自動小銃の列の前を通るは安からざる思なりき。相手側の穩やかなりせば事はなかりしも、歸隊後に危ふき所なりしと膽冷えぬ。此の兵隊「わしは負けず」と喚きゐしが、敲きのめされし擧句に重營倉に放込まれ、敗戰後も軍律の生きてあること實證されぬ。 ▼「詩藻樓」表紙へ戻 る ▼「文語の苑」表紙へ戻る |