兵燹詩艸 第二部その十二
                 

   戰爭畢        戰爭をはる      歌韻
 畏詔貔貅寂擱戈  詔を畏み 貔貅ひきう 寂としてほこをおく
夜燈炯炯復平和  夜燈 炯炯けいけい 平和かへりぬ
憾消東亞共榮夢  憾むらくは 東亞共榮の夢の消えし
             こと
新鬼飃飃念若何  新鬼 飃飃へうへう おもひいかん
   語注  貔貅  勇敢なる軍隊のたとへ  炯炯  
     輝くさま  新鬼  最近死せし人の魂  
     飃飃  風に翻るさま

敗戰は重慶政府の無線を聞きし大隊本部の下士官に教はりぬ。
東京人なれば空襲被害を案じ、同じ懸念を抱きゐし余も共感せり。
日本の將來を語合ひしも、何よりも復員後の生活の氣になりぬ。
この情報たちまち廣まりしも、デマなりと反發せしは無かりき。
神州不滅の呪縛の崩壞に御通夜の如くしんみりし、婦女の進駐兵に凌辱さるるを懸念せしもありぬ。
 玉音放送は聞かざりしも、日夕點呼の際に中隊長より傳達されぬ。
數日前に聞きしせいにや、「日本の一番長き日」の印象は薄し。
打ちひしがれし如く、同時に死せずに濟みしてふ安堵をも交へし複雜なる氣分なりき。
また、この夜より燈火管制解除され、東北なる上海上空の明るくなりしに平和の到來を感得せり。
 東京灣ミズリー號上の降伏調印式の後、「支那派遣軍總司令官は蒋介石委員長に降伏すべし」なる命令ありぬ。
南京にて調印式行はれ、數日にして我が大隊の武裝解除となりぬ。
大隊長との間にて如何なる儀式のありしやは知らず。
閲兵を受くべく丸腰にて整列させられ、「頭 中」の敬禮をすればシャチホコ張りて答禮を返しぬ。
 兵器、被服の引渡の際に「これは別に」てふ要望ありて、引渡名簿の再調製となりぬ。
かかる場合、その一部を私するは彼の國の例なりと聞きをりしも、二割もの兵器、被服をさせりてふ大陸的役得の規模の壯大さに驚嘆せり。              


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