兵燹詩艸 第二部その十一 奔敵兵之想 奔敵兵の想 東韻 欲奔敵陣遁山中 敵陣に 遙看己師團列雄 遙かに看る 己の師 團列の 殿後將行茲異域 殿後 まさに 追乎離歟想夢夢 追ふか 離るるか 語注 己師 自分の所屬せし軍隊 團列 兵團の戰鬪體形 殿後 戰鬪態勢にある軍隊の最後尾の隊 異域 よその國 夢夢 心の亂れるさま 小銃一挺を盜み、後數日にて味方地區てふ地點にて逃亡せる兵あり。その後氣の變りしか。後續大隊に追尾せしに、落伍兵ならずやの聲に倉皇として姿を消ししとぞ。近くに國府軍駐留の氣配なかりしも、途中の部落は略奪され盡されをりぬ。住民に捕まりてもなぶり殺しに遭はん。新四軍は三八銃を欲して優遇すてふも、米式裝備の國府軍ならば鼻汁も掛けまじ。 古き兵にしては無計畫に失しぬ。追手に捕まる懸念こそなけれ、言葉も喋れずに地理不案内の敵地區にて生延ぶる方策ありしや。晝は山に隱れ、田畑を荒らして食料を得るより外はあるまじ。農業技師たりし兵の、愛する娘と共に敵味方なき桃源郷に逃れて農業指導して暮すてふ伊藤桂一の小説ありぬ。現地に通用する技術を持ち、かかる伴侶ありてこそ生くる途もあらめ。 作戰間に落伍、行方不明となれば通常は戰死とさる。捕虜になりしてふ情報あらば逃亡、積極的に敵方に投ぜしと認めらるれば奔敵とさる。兵籍名簿に「浙江省何縣附近に於いて戰鬪隊形より離脱し、奔敵せるものと認めらる」と記載されぬ。留守宅に通知せざれば家族は歸還を待續けとなるべし。復員局に問はば奔敵の記載を告げらるるも、それ以上の事情はわかるまじ。 家永三郎の「太平洋戰爭」は逃亡を戰時下の抵抗運動とせり。そが事變當初に比べ急激に増え、昭和十八年には千名を越え、翌年は更に倍となりぬ。敵と合體して祖國に反逆てふ外形は賣國奴に見ゆるも、不名譽なる體制と同一化せる祖國に對しては抵抗者は敵の友とならざるを得ず。されば俗流のいふ賣國こそ眞の愛國なれとなしぬ。逃亡兵は他に一名しか知らざるも、單に兵隊生活を厭ひしのみと思はれ、「抵抗の試みの歴史的意義を史上に特筆して後世に傳」へんと持上ぐることにはあらじ。 ▼「詩藻樓」表紙へ戻 る ▼「文語の苑」表紙へ戻る |