兵燹詩艸 第二部その三
                 

   看病兵          病兵をみとる   虞韻
 病牀百日骨將枯   病牀 百日 骨まさに枯れなんとす
 食細言毫茫見吾   食細く 言すくなく 茫として吾を見る
 叶はず さうの水をまんと欲せしも
 漏痰奄奄異郷殂   痰を漏らし 奄奄えむえむ 異郷に
  語注
  桑梓  郷里  奄奄  息の絶えんとせしさま

 傳染病にて死ぬるは一ヶ月前後が多く、二ヶ月も生きなば殆ど快方に向ふ。唯、退院して直ちに兵として働き得るやう、囘復病棟に移りて體力囘復を待つ定めなりき。余は看護婦に使ひ易しと見られしか。獨歩患者となりても病棟を移らず、同室の三人の患者の死をば看取ることとなりぬ。
 甲は一人にて藥罐を空にせしほど水を欲し、故郷の井戸水を飮むまで死なじと言ひをりぬ。死期の近づくと、初年兵の度胸試しとて殺せし中國兵の幻の現れしや。しばしば彼所にニイ公がと顏を引きつらせぬ。
 乙は院内感染にて移り來ぬ。食事の半ばを殘すが常なりしが、小便の出でざるため注射せば頻尿となり、余が絶えず溲瓶しゆびんを宛がひやりぬ。寢たきりになりて旬日後、余が目醒めし時に氣息奄奄として死相の現るるを見ぬ。衞生兵に知らせしも軍醫來たらず、婦長死者への餞の食べたきものを問ひしも答へざりき。虚ろなる目の笑ひしかと見えし時、顏色一變して痰の漏出づると共にこと切れぬ。
 丙は粥は見るだに食慾を失ふとて箸を附けず、肉、魚、野菜の餘りを求めて配膳室を徘徊し、余が殘せし梅干の種を割りて口にせり。某日、配膳室の看護婦に請ひて生キャベツの餘りしを貰受けぬ。そを悉く平らげしため腸の働きの如何なりしや、寢臺より起上り得ずとなりぬ。消化機能の衰へしか、食ひし物そのままの形にて便に出づ。榮養失調にてからだむくみ、エネルギー不足にて寒かりしか、戰鬪帽を被りしまま毛布に潛りゐき。最後の數日は喋らず、虚ろなる視線を向くるのみなりき。死せしやうなりと知らせば、死者は初めててふ當直看護婦は怖ぢて部屋に入らざりき。


  車窓別離        車窓の別離    虞韻
 去滬將行朔北途   滬を去りて 將に行かんとす 朔北のみち 
 風狂沙舞僻何娯   風狂ひ すな舞ふの僻に 何をかたのしまん
 鉦鳴振手紅裙列   鉦鳴り 手をふる 紅裙こうくんの列
 不忘潸潸車站隅   忘れず 潸潸さんさん 車站しやたんのかたすみに
  語注  滬  上海の古名  鉦  ドラ、發車のベル  紅裙 藝妓  潸潸  涙を流す  車站 驛

 退院せしも師團は既にタイに移動し終んぬ。病院、刑務所に收容中に所屬部隊南方に移り、追求し得ざる兵を集めし江灣の兵站宿舍に收まりぬ。兵としての仕事なく、休日毎に外出せしかば、兵の立入可能なる上海市街をほぼ見盡ししも、入院のため費消せざりし俸給底を突きたり。
 祭師團の下士官兵は徐州の專旅團に轉屬となりぬ。出發の際に見送りの慰安婦ら驛頭に姿を見せたり。
  汽車の窓から手を握り  送つてくれた人よりも
  ホームの蔭で泣いてゐた  可愛いあの娘が忘られぬ
と兵隊の愛唱せしズンドコ節にあるも、さやうならと陽氣に手を振るがゐし一方、驛の片隅にて涙滂沱たるを見かけしに驚きぬ。伊藤桂一の小説の如き純愛もありしならんか。
 慰安所とは兵隊の性慾處理のための施設なり。當時の日本は賣春を公認して遊郭を設けをりぬ。支那事變勃發當初、兵の住民に對する強姦事件頻發せり。日本の刑法上親告罪なれば、告訴を促さんにも被害者現れず。軍刑法を改正し、戰地、占領地に於いては告訴を要せずとして防遏ばうあつを計りしも止まず。業者に委託して開業せしめば強姦事件は影を潛めしとぞ。
かくの如きは日露戰爭の戰場たりし滿州にてもありしならん。芥川龍之介の支那遊紀に、女の日本人を見るやサイコ、サイコと言ひて誘ふ。その昔、滿州にてさあ行かうと誘ひつつ高梁畑に女を連れ込みし兵の仕草の名殘ならんとありぬ。サイコは日中兩國人の通ずる語句となりゐぬ。              


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