甲戌仲秋遊妙興寺歸路失涼傘戯有此作

翠翠圓陰不可離
當時聘得自京師
蓋遮高髻常相伴
柄託柔掌随所之
新霽秋山尋蕈日
微風春寺醉花時
一朝何棄吾儂去
畏景懐君如調飢


甲戌仲秋 妙興寺ニ遊ビ 帰路涼傘ヲ失フ 戯レニ此ノ作有リ

翠翠圓陰 離ルベカラズ
當時 聘シ得ルハ京師ヨリ
蓋ハ高髻ヲ遮ヒテ常ニ相伴ヒ
柄ハ柔掌ニ託シテ之ク所ニ随フ
新霽 秋山ニ蕈ヲ尋ヌル日
微風 春寺ニ花ニ酔フ時
一朝何ゾ吾儂ヲ棄テテ去ル
景ヲ畏レテ君ヲ懐フコト調飢ノゴトシ

日傘は円か 空翠き
円の内に 吾は在り
京師より 召し連れ帰る日傘なり
吾が髪を おほひ護りて 伴にあり
柔らかな吾が手の内に 柄のあらば
随ひて 何処なりとも 自在なり
秋晴れの山に茸を求むる日
春風の寺の桜に酔ひし時
伴にありせし傘なれど
如何なることか 吾すてて
去り失せるこそ 悲しけれ
陽の強かれば 君思ふ
朝餉の前の 飢の如く

(文化十一年秋)

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