『歐州紀行』 其の二

   丹斯菲館     ダネスフィールドくわん

  英國旅行のハイライト、テムズ川上流マナーハウスに泊す。廣き
庭の向かふの丘のふもとを、テムズの支流廻る。朝靄を衝きて散
歩す。杜甫の訪れし何將軍の山莊もかくあるらむか。

    睡醒高館朝  睡より醒む 高館の朝
   
林苑獨逍遥  林苑獨り逍遥す
   
破霧幽禽下  霧を破りて幽禽下り
   
出叢野兎跳  叢を出て野兎跳ねる
   
氣清含日色  氣清くして日色を含み
   
心遠脱塵囂  心遠くして塵囂(ぢんがう)を脱す
   
曳杖沿溪路  杖を曳いて溪路に沿ふ
   
何邊第五橋  何れの邊か第五橋
                                                        [蕭]
○ 昭和五年九月十日作        

*丹斯菲 ダネスフィールド 。倫敦の西北郊。
*逍遥 散歩。ぶらぶら歩き。
*幽禽 奧深きところに棲む鳥。
*日色 太陽の色。ここは朝日の色。唐・王維の「過香積寺」に「日色青松に冷やかなり」、また謝靈運の「石壁精舍還湖中作」に「昏旦に氣候變じ、山水清暉を含む」とある。
*塵囂 俗世間。
*第五橋 橋の名。杜甫の「陪鄭廣文遊何將軍山林」に「識らず南塘の路、今知る第五橋」とある。


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