『禹域遊吟』 その六十六
八大山人館 はちだいさんじんくわん
南 昌
なんしやう
夕暮近く南昌に着くや直ちに八大山人館を訪ぬ。明の宗室の裔たる山人
描く鳥や魚は誠に奇状を呈し、薄暗き壁上に俗人を拒む鬼氣を放つ。
館長の求めに應じ詩作す。
遠訪水邊居 遠く訪ぬ 水邊の居
窮秋驟雨餘 窮秋(きゅうしう)驟雨の餘
老松蒼石徑 老松 石徑に蒼く
斜日映階除
斜日 階除(かいじょ)に映ず
嘆世能描鳥 世を嘆いて 能く鳥を描き
保身欲作魚 身を保ちて 魚と作らむと欲す
遺風猶滿壁 遺風 猶ほ 壁に滿ち
燈下自凄如 燈下 自ずから凄如(せいじょたり)
[魚]
○ 昭和五十六年十月
*八大山人 畫家。朱■、字は雪箇。明の宗室。明の滅亡後、山に入り僧となり、八大三人と號す。狂疾を發し多
くの奇行を傳ふ。門に「唖」字を大書し人と言葉を交さずといふ。書畫に巧みなりき。
*窮秋 秋の終り。
*階除 きざはし。階段。
*保身 わが身の安全を守る。ここは八大
山人もの言へぬ人裝ひしをいふ。
*悽如 ぞつとするほどさびしくきびしい
樣子.