『禹域遊吟』 その五十
小三峡 せうさんけふ
巫山縣にて停泊中、小船に乘換へ大寧河を遡る、所謂小三峽の遊覽を試みぬ。
棺桶を絶壁に架くる奇習など珍しく、奧地に入らば、外國人など見たることなし、
といふ部落あり。
欸乃聲中凌急湍
欸乃(あいだい)聲中 急湍を凌ぐ
輕舟一棹入清瀾 輕舟一棹(たう)清瀾に入る
峽村宛是桃源境 峽村宛(あたか)も 是れ桃源境
巴女懇羞鷄黍餐
巴女 懇(ねんごろ)に羞む 鷄黍の餐
[寒]
○ 昭和六十年八月
* 欸乃 船頭漕ぐ際、調子を合せ唱ふる歌。船歌。
* 桃源郷 別天地。別世界。
* 巴女(はぢょ) 巴は四川省東部あたりを言ふ。巴の女性。
* 羞(すす) む 食事を差上ぐ。
* 鷄黍 (けいしょ) 田舍のご馳走。鷄を殺してあつものとし、黍飯を炊く。『論語』微子篇に「子路を
止めて宿せしめ、鷄を殺し黍を爲 (つくり) てこれに食らはしめ ……」とある。