『禹域遊吟』
その二十四
慈恩寺大雁塔 じおんじだいがんたふ
その昔、杜甫も登りし大雁塔。一千三百年を經て今なほ、すつくと立つ。以來、幾度も登りしが、最初の感動忘れ得ず。當時は人も殆ど訪れず、我々一行のみ心ゆくまで塔上の景を眺めゐたり。
久向畫詩看
久しく畫詩に向ひて看る
今來此勝遊 今來りて此に勝遊す
摩天三百尺 天を摩す三百尺
照地一千秋 地を照す一千秋
不覩關中景 關中の景を覩(み)ずんば
安知塔上愁 安(いづ)くんぞ知らん 塔上の愁
蒼茫落暉裏 蒼茫(さうばう)たる落暉(らくき)の裏
何是曲江頭 何(いづ)れか是れ曲江の頭
[尤]
○ 昭和五十二年十二月
*慈恩寺 唐の高宗が貞觀二十二年(六四八)に母の文徳皇后のために建てし寺。
大雁塔はその西院にあり。例せば杜甫四十一歳の作に「同諸公登慈恩寺塔」
詩あり。
*三百尺 尺は長さの單位。實際は六十四米。二百尺餘。
*一千秋 秋は年と同義。實際は千三百年。
*曲江 長安の東南に在りし池。行樂の名所。