『禹域遊吟』
その十九
鞏縣杜甫故宅 きょうけん とほ こたく
洛陽東郊、鞏縣の筆架(ひっか)山といふ筆置きの形をしたる山の下に、詩聖の誕生せし家あり。眞僞のほどは知らざるが、ここに生れしといふ窰洞(ヤオトン)あり、小さき庭には、杜甫の詩に詠はれし如き棗や梨の木もあり。
車行百里洛陽東 車行百里 洛陽の東
詩聖生家見此中 詩聖の生家 此の中に見る
筆架山頭窰洞下 筆架山頭(さんとう)窰洞(ようどう)の下
兩三梨棗立春風 兩三の梨棗(りさう) 春風に立つ
[東]
○ 昭和五十五年三月
*詩聖 杜甫をいふ。詩の聖人の意。李白を詩仙といふ。
*梨棗 なしとなつめ。杜甫の晩年の詩「百憂集行」に、屈託なき少年の日を思ひ
出し「庭前八月梨棗熟す、樹に上ること能(よ)く千囘す」と詠じたり。