『禹域遊吟』
その十五
龍 門 りゅうもん
洛陽の龍門、大同の雲岡
(うんかう)、敦煌(とんくわう)の莫高窟(ばくかうくつ)の三大石窟は、夫々特色ありて甲乙つけ難し。龍門は石佛もさることながら、書に於ても貴重な寶物を傳ふ。また、伊水を挾む彼方は香山、白樂天の眠る地なり。
子美重遊地 子美(しび) 重遊の地
樂天中隱山 樂天 中隱の山
翠楊煙靉靆 翠楊 煙 靉靆(あいたい)たり
碧澗水潺湲 碧澗(へきかん)水 潺湲(せんくわん)たり
鳥向洛城去 鳥は洛城に向ひて去り
人看伊闕還 人は伊闕(いけつ)を看て還る
橋頭今古色 橋頭 今古の色
佇立忘塵寰 佇立して塵寰(ぢんくわん)を忘る
[刪]
○ 昭和五十九年三月
*子美 唐の杜甫(七一二〜七七○)の字(あざな)。
*重遊 再訪。杜甫の「龍門」詩に「往來時に屡(しばしば)改まる」
の句あり、杜甫は何度もここを往來せり。
*樂天
唐の白居易(七七二〜八四六)の字。晩年、洛陽郊外の香山
(伊水を挾みて龍門の石窟と相對す)に隱居し、香山居士と稱せり。
今、故居が「白圓」といふ名所となる。
*中隱
閑散なる官職に逃れ隱るゝこと。白樂天は晩年、太子賓客、太子少傅(太子の
御守り役)等の閑職に就き、洛陽に住せり。又、「中隱詩」あり。
*翠楊
みどり色のやなぎ。翠は、もえぎ色、青黄色。楊は、かはやなぎ。
多く川邊に生じ、枝は垂れず。
*靉靆 雲の盛んにたなびく樣子。 *碧澗
みどりの谷川。
*潺湲 水の盛に流るゝ樣子。
*洛城 洛陽の町。
*伊闕 伊闕佛龕(ぶつがん) 龍門の石窟を云ふ。
*佇立 たたずむこと。 *塵寰
けがれし世、人間世界。