平成新選百人一首 (八十四)

白鳥は哀しからずや空の青   海の青にも染まずただよふ

    
若山牧水(わかやま ぼくすい)=『海の聲』所收

      
しらとりは かなしからずや そらのあを
                     うみのあをにも そまずただよふ


  白鳥は哀しからずや。廣く深く澄む空の青、海の青にも染らず、純白の姿を水の面に浮せ漂ふ純粹、孤高の白鳥よ――
  眞青の空と海の中、唯一點の白の印象の鮮烈さ。自然に口ずさみたくなる心地よき韻律の中に、清純な魂、憧憬が白鳥に託されゐる感あり。牧水二十二歳、早稻田大學英文科在學中の作にて、同年に詠める「幾山河越えさり行かば寂しさのはてなむ國ぞ今日も旅ゆく」と共に、近代短歌史上の金字塔とも言ふべき代表作なり。
  明治四十四年、自ら歌誌『創作』を主宰、清新なる紀行短歌にて歌壇に多大なる影響を及ぼせり。酒と旅を歌ひし秀歌も多し。人口に膾炙したる一首を掲ぐ。

    白玉の齒にしみとほる秋の夜の   酒はしづかに飲むべかりけり (路上)



〈作者〉若山牧水 明治十八年〜昭和三年。宮崎縣東郷村生れ。本名繁。歌集『海の聲』『別離』『路上』等。『牧水全集』十二卷。

解説原文 新井 寛(詩人、國語問題協議會常任理事)


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