平成新選百人一首 (第七十五)

       なにとなく君に待たるるここちして  
        出でし花野の夕月夜かな

    
   與謝野 晶子(よさの あきこ)=『みだれ髮』所收

       なにとなく きみにまたるる ここちして
                         いでしはなのの ゆふづきよかな

  何とはなく、思ふ君に待たるゝ心地して、出で行きし花野の夕月夜、その美しさよ――の意なり。
  花野、月夜は秋の季語なれど、新暦にては夏の終りか。まばゆきほどの月あかりに、浮々と誘はれ出でし野には、秋の草花が咲き亂れ、戀する乙女の立ち姿は、一幅の繪を見るが如し。

 
    清水へ祇園をよぎる櫻月夜
        こよひ逢ふ人みなうつくしき
(戀衣)


  こなたは春の古都、月あかりの櫻下を行き交ふ人の群れの、幻想的な美しさを詠ひしものなり。
  明治を代表する女流歌人晶子は、夫與謝野鐵幹
(てっかん) 率ゐる『新詩社』『明星』にて作歌せしが、近代短歌史上重要な位置を占むるその鐵幹の一首を擧ぐれば――

      われ男(を)の子 意氣の子名の子 つるぎの子
       詩
(うた)の子 戀の子 あゝもだえの子(紫)

  意氣に感じ名を惜しみ、文武を尚び戀に惱む――意氣軒昂たる明治の時代精神を感ずるものなり。

〈作者〉與謝野晶子 明治十一年〜昭和七年。大阪・堺女學校卒業。作歌のほか、古典の研究、婦人・教育問題等にも關與。

 解説原文  新井 寛(詩人、國語問題協議會常任理事)


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