平成新選百人一首 (第六十四)

       あさみどり澄みわたりたる大空の
                        廣きをおのが心ともがな;            


    
   明治天皇(めいぢ てんわう)=『明治天皇御集』所收


  一面に青く澄みし大空の、あの廣々としたる樣を、自分の心としたきものよ――の意なり。
  戦前は小学校の国語教科書に「明治天皇御製」として、この御歌を始め
   さし昇る朝日の如く爽かに有
(も)たまほしきは心なりけり
    四方
(よも)の海、皆兄弟(はらから)と思ふ世に
                など波風の立ち騒ぐらむ
  
などの御歌が掲載されゐたり。
   明治天皇の生涯に作り給ひし御歌は九万三千三十二首。作歌を業とせる歌人も及び難き数なり。吾人の想像もつかぬ政務御多忙の中でのかかる數の作歌は、唯々驚嘆のほかなし。
   詩人北原白秋は「歌詞、情理、表現の如何を超越して十方無碍
(むげ)
にわたらせられる……」と絶賛して例を挙げたれば、その幾つかを紹介せむ。

 
子らは皆軍のにはに出で果てて 翁やひとり山田守るらむ
  思ふこと思ふがまゝに言ひ出づる 幼心やまことなるらむ
  この朝けひとむらさめや降りつらむ 松の若葉に露のたまれる       


  
〈作者〉明治天皇  一八五二〜一九一二  第百二十二代天皇。慶応三年、
                十六歳で即位。在位四十六年の間に我が国は明治維新を完成、
                 近代化を果して、世界を驚嘆させる大発展を遂ぐ。

 解説原文  石井 勳  いしゐ  いさを
            (漢字教育振興協會會長、國語問題協議會副會長)


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