平成新選百人一首 (第五十一)

       大海の磯もとどろに寄する波
          われてくだけて裂けて散るかも

    
         源   實朝(みなもとの  さねとも)=『金槐和歌集』
  
  
割れて……碎けて……裂けて……散るかも――といふ語調の中に激しき胸の高鳴り聞えくる心地す。大海(おほうみ=大海原) を前にきりりと立ちはだかる若武者の逞しき姿目に浮ぶ心地すれど、心奧に運命的虚しさの影潛みゐたるやうに思はれ胸痛む。
  雄大なる景觀を歌ひし幾つかの中に今一つの代表作として知らるゝは次の一首なり。

 
    箱根路を わが越えくれば伊豆の海や
         沖の小島に波の寄る見ゆ      (
金槐集)

   實朝の歌の師、藤原定家は「鎌倉右府の歌ざま、おそらくは人麻呂、赤人をもはぢ難く、當世不相應の達者とぞ覺え侍る」と、萬葉の大歌人柿本人麻呂、山部赤人に劣らぬ名人と絶讚せり。
  實朝は源頼朝の次男にして、兄の二代將軍頼家、北條氏に抗して地位を追はれしあと僅か十二歳で三代將軍となる。
   その十六年後、右大臣(右府)に任ぜられし翌年、鶴岡八幡宮に拜賀の夜、頼家の遺子に暗殺され二十八歳の生涯を閉づ。北條氏の壓力の下、生命の危險を感じつゝも歌の道に精進、その中に生き甲斐を求め數々の傑作を殘せしこと、その藝術家としてのひたむきなる姿に感動を覺ゆるものなり。

〈作者〉源實朝  一一九二〜一二一九。鎌倉幕府第三代將軍。歌集に
         『金槐集(きんくわいしふ)』。

 解説原文  石井  好子  いしゐ  よしこ   歌手


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