平成新選百人一首 (第二十七)

   思ひつつ寢
(ぬ) ればや人の見えつらむ
              夢と知りせばさめざらましを

     
小野  小町(をのの  こまち)=古今和歌集・卷十                       
 
 
  戀しと思ひつつ寢る故に彼の人夢に見えけむか。夢と知らば覺めずにゐたるものを――。
  小野小町は我が國王朝の代表的美人として名高く、戀の歌あまた遺す。歌の贈答の相手も在原業平、僧正遍昭はじめ當代一流の貴公子、才人にて、誠に華やかなる存在なり。されどその作品には、遂げられぬ戀多く歌はれ、全體に靜かながら深き哀れ通底す。この歌も、心にまかせず諦めに似たる戀の行方を、訴ふる如き物悲しき眼差しにて捉ふ。
  小町の生涯は不詳なれど、幸せなる結婚生活など無かりしものの如く、晩年の姿も知られず。爲に多くの傳説を生む。
  能にも『卒都婆小町』『通小町』等の作品群あれど、大方は若きころの榮華と老年の衰へ、貧窮の對照を主題とせるものなり。
  小町の歌の最も名高きは『小倉百人一首』中の左の歌なるらむ。
   
   
      花の色はうつりにけりないたづらに
        我が身世にふるながめせしまに

 
   
 
〈作者〉小野小町   生歿年未詳。平安時代の女流歌人。文徳朝・清和朝のころ(八三三〜八七六)歌人として活躍。小野篁の子、出羽の郡司良眞の娘などともいふが不詳。『古今集』に十八首入集。  

                    


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