平成新選百人一首 (第二十六)
つひにゆく道とはかねて聞きしかど 昨日今日とは思はざりしを 在原業平(ありはらの なりひら)=『古今和歌集』   人間すべて最後に辿らねばならぬ死出の旅と、かねてより聞き知りてゐたれども、昨日今日といふ差迫りし話とは思はざりしを――の意なり。 『古今集』卷十六の哀傷歌に於る一首にて、詞書(ことばがき)に「病して弱くなりにける時よめる」とある。『伊勢物語』は、業平らしき人物の戀物語を中心とせる一代記の構成にて、この一首はその最後段に收められしものなり。 江戸前期の國學者・僧契冲は、とかく辭世の歌の形整へ悟り澄ましたるものになりがちなる中に、業平の歌眞率に感慨を述べしものなるを賞讚せり。女性遍歴の傳説華やかなりし業平の臨終の歌と見るとき、更に味はひ深きものとならん。 なほ、業平らしき遊び心溢れし歌を一首掲ぐ。 から衣 きつつなれにし つましあれば はるばる來ぬるたびをしぞ思ふ 各句の最初の文字を竝ぶれば「かきつばた」となるなり。 〈作者〉在原業平 八二五〜八八○。平安初期の歌人。六歌仙の一人にて、情熱的な歌風にて知らる。『拾遺集』以下敕撰集に六十二首。 解説原文 篠 弘 しの ひろし 現代歌人協會理事長 |