平成新選百人一首 (第二十二)

       新しき年の始めの初春の
        今日降る雪のいや重け吉事

    
   大伴家持(おほとものやかもち)
=『萬葉集』
  
                   あらたしき としのはじめの はつはるの
                                 けふふるゆきの   いやしけよごと


   新年の祝宴の場にて、降りしきる雪を眺めつゝ「この雪の積る如く、よき事のいよゝ積れかし」との願ひをこめし歌なり。 『萬葉集』四千五百十六首の最後の歌、編纂者とさるゝ家持の、國の平安を祈るこの歌なりけるも、洵にめでたしと云ふべきか。
   この歌は、天平寶字三年(七五九)元旦、因幡守なりし家持の、國の廳にて參賀を受けし折詠みしものなり。大伴家は、遠く天孫降臨の昔より武をもつて朝廷に仕へ、守護の要たることを誇りとせる一族なり。しかるに天平勝寶年代半ばより藤原氏の勢力強まり、家持も地方長官に左遷せられたり。この歌の「いや重け吉事」には、家運挽囘への願ひもこめられしものならん。
  この三年ほど前には、一族の奮起を呼びかけし次の一首あり。

 
劍太刀(つるぎたち)いよよ研ぐべし古(いにしへ)ゆ
         さやけく負ひて來にしその名ぞ


 武人の棟梁としての誇り強き家持により、防人の歌の多く殘されしも故あることなり。


   〈作者〉大伴家持   七一八〜七八五。『萬葉集』の編纂者とされ、集中の歌數最大。
           短歌四百三十一首、長歌四十六首ほか。『拾遺集』以下敕撰集に六十二首。

  解説原文 茂木 友三郎 もぎ  ともさぶろう(キッコーマン社長)
 
 

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