平成新選百人一首 (第十六)

    青丹(あをに)よし寧樂(なら)の都は咲く花の
                  薫(にほ)ふがごとく今盛りなり

    
 小野老(をのの おゆ)=萬葉集(まんえふしふ)
           
あをによしならのみやこはさくはなの
                         にほふがごとくいまさかりなり


   奈良の都は今、咲く花の匂ふがごとく眞盛りなりの意なり。「青丹よし」は奈良の枕詞にて、この歌の萬葉集原文は以下の如し。
     青丹吉 寧樂乃京師者 咲花乃 薫如 今盛有
   この歌の詠まれしは、奈良造營より二十年ほど經たる天平二年頃、「天平時代」と言ひて都は正に青年期、活氣に溢れゐたり。時は春、花薫る如く咲く。薫るといふも單純なる匂ひにあらず、萬葉集にて「にほひ」は、赤黄白の鮮やかに映ゆるをいふ。千年以上昔の奈良の情景、色を伴ひて目に浮ぶ心地す。原文の漢字僅か十七字は、これほどの内容を含むものなり。
   現代にても茶會の席の床の間の掛け物には「一行物」大切なり。僅か數文字あるいは只一字にて人の生き方を表す故なり。數文字の中に豐かさ盛込まるる不思議は、太古よりの言葉の力とそれを理解する日本人の勝れたる感性にあり。我等が祖先は表現力を磨き上ぐるに長き年月をかけ、萬葉集最古の歌よりこの歌の生まるるまでに三四百年の時の流れゐたるなり。

〈作者〉小野老 生年未詳。天平十年(七三八)頃歿。大伴旅人配下の役人。遣隋使小野妹子の末裔と傳ふ。萬葉集に三首。


解説原文 千 宗室 せん そうしつ 茶道裏千家第十五代家元


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