平成新選百人一首 (第十四)

   銀も金も玉も何せむに  
        勝れる寶子にしかめやも

    
   山上 憶良(やまのうへのおくら )=萬葉集

      
しろがねも くがねもたまも なにせむに
                         まされるたから こにしかめやも


   金銀財寶も何かせむ、子に勝る寶 あに世にあらむや――の意なり。この歌は、長歌「瓜食めば子供思ほゆ 栗食めばまして偲ばゆ 何處(いづく)より來りしものぞ まなかひに もとなかかりて 安眠(やすい)
しなさぬ」 に添へられたる「反歌」にて、子を思ふ親の情溢れたる名歌なり。なほ萬葉集に多く見ゆる長歌は、その後廢れゆき、和歌といへば短歌を指すものとなりぬ。(註)
   憶良の「そらみつ やまとの國は 皇神(すめかみ)のいつしき國 言靈(ことだま)
の幸はふ國と 語り繼ぎ言ひ繼がひけり」 に始まる長歌は、我が國を「言靈のさきはふ國」と言ひ表せし最初のものなり。
    また死の床にて詠めりとなむ傳へらるゝ 「をのこやも空しかるべき よろづ世に 語り繼ぐべき名は立てずして」 は、優しき家庭人憶良とは思はれざる高き志と激しき情の窺はるゝ名歌なり。
          
 註  長歌=五・七と五・七・七の間に五・七が二つ以上繰返さるゝ歌
      反歌=長歌の意を繰返し、または補ふ歌。多くは短歌形式。
 

 〈作者〉山上憶良   六六○〜七三三  奈良期初期の代表的歌人。大寶元年(七○一)、遣唐使の一員となる。東宮(後に聖武天皇)侍講。伯耆、筑前の國司。

  解説原文  石井 勳
       (日本漢字教育振興會會長、國語問題協議會副會長)


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