平成新選百人一首 (第十) 東の野にかぎろひの立つ見えて かへり見すれば月かたぶきぬ 柿本 人麻呂(かきのもとの ひとまろ)=萬葉集・卷一 ひむがしの のにかぎろひの たつみえて かへりみすれば つきかたぶきぬ 東の野に朝日の光ほのめき來るが見え、振返れば月西に傾く――目で見しまままの表現なるに、かくも雄大、莊嚴の感を與ふるは如何なる言葉の力なるか。詠みぶりの大きさに壓倒さるるのみ。左に簡潔なる萬葉集原文を掲ぐ。 東 野炎 立所見而 反見為 月西渡 作者柿本人麻呂が萬葉集最大の歌人なるは言ふを待たず、古くより山部赤人と共にあがめられ、『古今集』序文では「歌仙」とさる。平安朝末期より「人丸影供」と呼びて歌會の際、人麻呂の肖像に香華を供へる風習あり、恰も神の如き扱ひなり。人麻呂を祭神とする神社も、明石の人丸町、栃木佐野の小中町等に現存す。 然るに人麻呂は、正史には登場せず、天武天皇の皇子説、山部赤人の雙子の兄弟説等の奇説もある謎多き生涯なり。 萬葉集中、四百五十首に及ぶ人麻呂の歌のうち、更に一首を掲ぐ。 淡海の海(あふみのみ) 夕波千鳥汝(な)が鳴けば 情(こころ)もしのに古(いにしへ)思ほゆ (卷三) 〈作者〉柿本人麻呂 生年未詳。七一○頃歿か。職業的歌人の嚆矢とさる。作品は持統・文武朝 (六八七〜七○六) に集中。 解説原文 林 巨樹 はやし おほき (青山學院大學名譽教授、國語問題協議會副會長) |