平成十九年六月三日
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平成十九年六月三日(土)
     
                  谷田貝常夫
爪切り


 今朝テレビよりの音聲、「地場産業の活躍」、「一萬圓なれど賣れに賣れ」、「社長世界を飛び廻る」などの言葉、飛び飛びに耳に入り、この三題話、何ものに收斂さるるものかと立ち止まりてそが先を見たるに、新潟三條の「爪切り」のことなり。一流ネイラー(爪美容師)の必携品の由にて、切れ味、切りたる斷面の滑らかさは、通常の押切り型のものと格段の差あること、顯微鏡寫眞などにて證據立てられをりぬ。その爪切り、鋏に似たる見覺えある形なれば、急ぎ、余が常用の爪切りを探し見るに、まさしく同じ「諏訪田製造所」のものなること確認され、我が買ひ物の見當はづれにてはなかりしを知る。
 一昨年より右足拇指に「卷き爪」なる現象あらはれ、その繼續的なる痛さに二三の醫者に相談せるも、甚だ亂暴なる、手術に近き解決策のみよりなしと宣告せられしを、最後の醫者は、大したことなしと熱湯をあてがひて後、ペンチ状の鋏にて爪の端を切り落す荒療治法をとれり。一つ時痛き思ひをなせど、以後の痛みは治まりぬ。されど爪は刻々伸びるものなれば、完治とまでは行かざらむ。
 偶々上越の湯澤驛にて時をすぐす折あり、構内の物産所にてこの爪切りを見つけぬ。價四千圓強に財布を脅されたるも、卷き爪によしとの説明を受けて勇躍購ひ、以後折々に使用せるところなり。我が弟も卷き爪なりと聞きたり。こちらは逆の療法にて、痛さを我慢の末に卷きたる爪を肉より先に伸して解決したる由なり。
 一昨年死にし我が家の猫も、體力衰へ爪研ぐ力もなくなりてよりは、爪の伸びて卷き爪に惱ませらるることとなりたり。診療所にて肉に食込みし爪を切りとりてもらひしよりは、痛みの消えたるがごとくに見えたり。されど、かの命ぢきに消ゆ。
 思ふに、動物の進化とは如何なるものならむか。マンモスや大角鹿は、己の角の巨大になりたるにつれて生くるに不便をきたし、種として滅びたりとも言はる。人間に「爪切り」なる道具の、殊に諏訪田爪切りのごときのあるは、かかる自己破滅の矛楯を解消するに大いに役立ちをるを知る。さは言へ、宇宙に數ある高等生物の地球に訪るることなきは、生物が高等にならばその知力のゆゑに己を滅ぼすに至る結果ならむと言はるることあり。人類のもつて自戒すべきことなるか。



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