平成十八年七月三日 月曜
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平成十八年七月三日 月曜
     
                  谷田貝常夫
蚊と蕪村


  朝テレヴィを眺めをりしに、いやな蟲を主題とせる番組にて、中の質問に、蚊の好むものは何かなる選擇肢問題あり。そが正解は「花の蜜」なるに出場者一同仰天せり。余も一瞬疑念よぎりしが、やがて納得す。蕪村が句を思ひ浮べたればなり。

    蚊の声す忍冬の花の散ルたびに
  この句、俗なる蚊を仕立てて奇を衒ひ、架空に出でたるものとさるることあれど、片々たる花びらとかぼそき音を立つる蚊の織りなせる情景は、それなりに見事な世界を構成せるものと感じ入りたるものなり。忍冬は、忍冬唐草といふ圖柄にても知らるゝがとほりの蔓草にて、時くれば蔓の處々に咲く花の、そのあえかなる一片が散る度毎に、折しも花の蜜を吸ひをりたる蚊の駭きて飛上がり、かそけき羽音を立つる。そが音に氣づくは、蕪村は耳の人とも言はるゝ所以かとも覺ゆ。色と音にて織りなせる纖細なる小宇宙を描きし名句、今朝の話にて、そが蕪村の常人には縁遠き、五感の鋭き觀察によれるものなるを知る。常々蕪村を日の本最高の詩人と崇敬せる根據、一段と確かなるものとなりたり。




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