文語日誌
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文語日誌(平成二十二年六月某日)
     
                  加藤 淳平

上海萬博 平成二十二年六月某日



 五月末より六月初めに掛け、上海萬博、中國風に言はば「世博」を訪問す。萬博會場は、無數の觀覽者の聚集せる觀あり。我が行きし日、一日の入場者の多きは55萬人、少きは35萬人なりき。五月末にて入場者數一千萬人を越へたりと傳ふ。
 萬博會場は上海市南郊にありて、黄浦江兩岸に跨る。會場は廣大にして、黄浦江に橋はあれど、全域を徒歩にては、到底行盡すべくもあらず。黄浦江南岸に、人氣の中國國家館、日本館等、亞州諸國展示館の多く立竝ぶA區、東南亞州諸國展示館の外、國連等國際機關展示館の集まるB區、歐米・アフリカ諸國展示館の集ふC區あり。日本産業館等民間企業展示館を集めたるD區と、中國、歐米等の都市の展示館を連ぬるE區、北岸に竝ぶ。區間の移動は江上のフェリーと道路を走る電氣自動車による。
 觀覽者の蝟集せるは壓倒的にA區、次いでB區、C區にして、北岸のD區、E區はやや閑散の氣あり。何れの區にも緑の制服を着したる志願案内人ら、多數配置せられ、ほぼ全員英語を解せば、外國の觀覽者にも不自由無し。諸處に食堂區、食堂館を設く。食堂區を囘り、食堂館に入らば、麺の屋臺あり、米飯を供する食堂あり、餃子、包子(シナ饅頭)、燒餠(中國風パンに肉、餡を入れたるもの)を竝べたる店あり。好みの食物を選び、食す可し。安價にして美味なる食は、中國ならではの樂しみなり。
 路傍に飮料を賣るスタンド無數にあるも、飮料は一瓶4元に統一せられたるが如し。日本圓にして80圓が程なり。上海は物價高き地なるも、中國の常識にてはやや高價に過ぐ。されば多數の人々、各自水筒の水を攜行す。中國人の經濟觀念の發達せる、斯くの如し。
 我はB區、C區、D區、E區をざつと見たるも、多くA區にあり。但し一番人氣の中國國家館は入場する能はざりき。入場者の殺到せる爲、入場時間を指定したる「豫約券」なるものを發行し、そを持參せざれば、入場し得ざりし故なり。
 「豫約券」入手は、團體旅行者等には容易ならむも、我が如き個人旅行者には至難の業なりき。如何にして「豫約券」を入手し得るや、定かならず。一日A區に居り、我が傍らに係員の來て、「豫約券」を配布し始む。我、入手せんと努むれど、係員の周圍に若き屈強の男ら突進し來たりて、忽ち突飛ばさる。見るに、係員の手より二枚の「豫約券」を奪ひたる若き男の、戀人らしき若き女に自慢げに示すあり。親族と見ゆる一團の老若男女、若き男の「豫約券」奪取を督勵するあり。若き男、親族らの元に歸り來たりて、獲得せる「豫約券」を手渡せば、親族らそを數え、更に數枚の奪取を命じたるにやあらん、若き男、勇躍、再度係員に突進す。
 配布の終りて、我は係員に、斯る「豫約券」の手交方法ならば、我が如き老人は入手し能はずと抗議す。係員困惑して、早朝萬博會場開場時に、入口にて「豫約券」を配布するにより、翌朝早く會場入口に來給へと言ふ。翌朝九時の開場前、八時頃に萬博會場入口に向ふに、老人には老人用優待入場口あれど、其の日は、「豫約券」を求むる人ら、朝五時より參集し始め、七時には「豫約券」配布數を超えたるにより、七時に全「豫約券」を配布し終れりとぞ。
 斯くて中國國家館入場は諦めざるを得ず。但し同じ館内に中國各省・自治區・特別市の展示あり。こは入場を制限せらるること無し。展示によりては、浙江省の如く、入場に數時間待たせらるるもあれど、入場者の誘導の迅速に行はるる展示多く、效率的に觀覽するを得たり。大方は地域の自然、地理、歴史、文化遺産、現代の産業、都市計劃の紹介にて、現代の中國を鳥瞰するに甚だ有益なる展示なりき。
 中國國家館と各省・自治區・特別市の展示の周邊は、萬博會場中、觀覽者の最も多く參集せる一角なり。我も亦多く此の地區に時を過せり。此處に集まりたる人らは、中國全土より參集せりと見ゆ。新疆より來れるイスラム聖職者と覺しき老人、ゆつたりと歩を運べば、チベット帽を頭に戴く中年男の、足早に過ぎ行くあり。「河北旅行社」など省毎、都市毎の名を冠したる旅行社の帽子を帽る一羣の男女、添乘員の旗の誘導に從ひ歩むは、日本の團體旅行に似たり。傍らに、曾祖父母、祖父母、兩親と子供の、彼の老舍の『四世同堂』ならぬ「四世同道」の一羣と覺しき、何處となく顏と擧措を同じくするの屯したるは、可笑し。
 これら、喜々として現代中國の盛世を謳歌する人らに入交りてある時、つと胸を衝きし感慨あり。斯く中國人を含むアジア人の、曾ての白人支配より解放せられ、經濟發展と盛世を謳歌するは、我ら日本人の、生命を賭して戰ひたる大東亞戰爭が成果ならずや。我らが先輩ら、歐米白人の世界支配に抗し、自らが生命を捧げたるは、アジア人が歐米人に身を屈する事なく、自由に立ち、自らを主張し得る世界を實現せん爲なりしに非ずや。
 我らが先輩、アジアの爲なる戰ひに總力を擧げ、特攻隊として、自らが身を敵艦に投じたる犧牲、今茲に實を結びぬ。今の中國人はそを知らざるも、歴史の事實は歴史の事實なれば、何時の日か蒙は啓かれん。特攻隊の若き戰士らよ、以て瞑す可し。


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