文語日誌
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文語日誌(平成二十六年九月)
     
                  市 川 浩

小學校の英語  
平成二十六年九月十九日(金)晴 




 多くの議論を呼起しける小學校に於ける英語必修は已に五六年生對象に實施せられ、次の段階として三四年生を對象を廣げむとす。推進派の曰く、滔々たる世界一極化の流れの中にては英語による勁悍なる國際的交渉力無かるべからずと。或は曰く、海外より一流の學者を招きて學生を教育せむも、その英語による講義を理解し得ざらば寶の持ち腐れに等しと。また曰く、現在の大學生の英語習得度戰前に比し大いに劣るあり。之を解消せむとせば、現在中學校の英語教育に先立ち小學校にて會話訓練による基礎教育を要すと。
 一方この動きに反對の識者も多し。曰く、眞の英語を教育せむには母國語たる國語の十分なる習得を要し、況はんや勁悍なる國際的交渉力など自國文化を背負はずば身に著かずと。或は曰く小學校にての會話訓練といふも、之を指導するの教員絶對數不足し、特に會話に必須の發音發聲の指導は至難なりと。
 孰れの論旨も聞くべきものありと雖も、抑々「英語」といふ場合、その意味する所分明ならざるを遺憾とす。兩者とも「勁悍なる國際的交渉力」といひ、「眞の英語」といひ、謂はばオリンピック代表選手の育成的視點より論ずる感なしとせず。然りとせばかかる選手と同樣、英語の達人の育成は義務教育を含む學校教育の範圍外なるは明らかにして、文部科學省の目標も精々現地の街頭にて道を訊き、ホテルの宿泊が可能の程度にてはあらずや。從ひ、先づ小學校に於ける英語教育の到達目標を明確にし、その目標の達成に小學校の履習時間をどれだけ割く
べきか、その價値を議論すべし。さすれば英語より算數、國語となるは自明なり。
 嘗てゆとり教育の推進者論じて曰く、「考ふる力」の重要性學力に勝ると。然るに「考ふる力」の定義不明にて、論者夫々勝手に持論を展開せり。一例を擧ぐるにπの3.14を「凡そ3」に簡略化するあり。もし「考ふる力」を論理的思考力と會せば、先づ生徒に直徑10cmの圓を5cmのコンパスにて描かせその圓周を凡そ3 x 10cm =凡そ30cmなりと教ふべし。次に先程の半徑5cmのコンパスにてこの圓周を六等分せしめて内接正六角形を作圖せしむ。この六角形の周長はコンパスの半徑5cm x 6=30cmなることを考へしむ。圓周は六角形の外にあり、30cmより大なること、即ちπは3より大なること、弦と弧の幾何學的關係に於て示すは「考ふる力」を養ふに適す。然るにゆとり教育にてはこれを課するの時間をば綜合學習とて環境保全局の見學等に當つ。按ずるにゆとり派の「考ふる力」少くとも論理的思考力とは異るらむ。かくてや、ゆとり教育失敗に終る。
 小學生英語も一般の父兄概ね贊成なりと云々。但しその思ふ所我が子も英語の超人となるを夢見るにありとせば、夢醒むる時失望と後悔の大ならむを憂ふ。


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