文語日誌
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文語日誌(平成二十四年六月)
     
                  市 川 浩

卵子の老化  
平成二十四年六月二十四日(日)薄曇 




 昨夜のNHKテレビにて不妊治療の實態レポートあり。特に高年の女性の受診多きも、その成功率はかなり低しと言ふ。その原因として卵子の老化があり、三十五歳以上にて顯著なりと云々。
 顧みるに、嘗ては人口増抑制の觀點よりして、避妊、妊娠中絶等が話題となること久しく、その問題點などにも喧しき論議ありて、一般に基本的知識普及の感ありき。時移りて少子化問題となり晩婚、高年初産、不妊治療、人工受精等の語彙をメディアに見ること多くなりぬれども、最近年のことなればとて、その成功率に關するデータなど目にすることも少く、況して卵子の老化など想像するだになかりけるは、世間一般も同じなるべし。高年の不妊治療にて初めてこの事實を知りたる女性の告白もむべと同情を禁じ得ず。
 NHKテレビは、全國の産婦人科へのアンケートを實施して、不妊治療の不成功の原因として卵子の老化が約半數を占むる事實を確認せりと言ふ。同時に諸外國にては卵子の老化はよく知られたる事にて、日本に於ける情報不足を懸念する聲も併せ放映せり。鎖國の江戸時代や言論統制の酷しき戰時中はいざ知らず、情報の氾濫寧ろ甚しき現代に、諸外國にては常識となれる、かかる人生の重大主題の認知せられざる、大いに違和感を抱きたり。
 もし、この事實を知らば、子供を欲する女性の多くは三十五歳未滿にての出産を望む筈にして、公教育に於ける「性教育」にて説明既にあるや知る由もなきも、少くともこれを周知するに闕くる所ありと言ふべし。然れども識者にしてこれを主張せむか、晩婚、再婚など事情已むなく高年妊娠せざるを得ぬ人への差別、或いは女性の社會進出への妨礙とて批判を受くる可能性も亦大なる。NHKテレビはアンケートの結果を周知の不足とは明言せず、働き盛りの女性の出産育兒を支援の不足する社會の「仕組」を原因とせり。或いはこれら批判を考慮せるにやあらむ。
 もし、メディアにしてかかる批判を恐るゝが故の情報開示の躊躇ありとせば、情報提供の本分を抛棄するに止らず、自ら情報統制に屈し、世道人心を迷はしめむ。特にテレビにては「視聽率」と稱して人氣を絶對とするの風潮、既に「人氣」の支配を感ぜしむ。勿論人氣、世論は尊重すべきも、十分の情報に基くに非ざれば、やがて特定勢力に乘ぜられける戰前の新聞の轍を踏むべからず。
 然りながらこの事實開示せられたる上は、これを基に各自の人生設計に活用すべきは當然なり。試みにインターネットにて「高年初産」を檢索するに、卵子に言及せる記事に曰く、女性は約二百萬個の卵子を卵巣に藏して誕生し、その中四五百個を排卵す。從ひ三十五歳の妊娠時、卵子も亦三十五歳にて、この老化が染色體異常(ダウン症など)の原因となり得と云々。慥かに卵子の老化に關する有用の情報なるも、この記事に至るには「高年初産」などのキーワードを經由する要ありて、働き盛りの若き女性の目に觸るゝ道遠し。情報化社會とは言ひ條、眞に有用の情報を獲得するの容易ならざる此の若し。


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