文語日誌
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文語日誌(平成二十四年五月)
     
                  市 川 浩

憲法の假名遣  
平成二十四年五月二十二日(火)雨 




 五月八日附産經新聞「正論」『憲法と私』欄に文藝批評家にして都留文科大學教授新保祐司先生の「日本人の精神的欺瞞を問ひたい」と題する論文掲載せらる。その内容は、先づ憲法は國家の根本規範なれば、日本の歴史と傳統の理念より發想せられざるべからずとし、特に形式に關る問題として何よりも問題なるは假名遣なりと斷定す。現行憲法は文章低劣なるも歴史的假名遣にて書かれをり。然るに今後示さるゝ前文の原案が歴史、傳統に言及あるは當然なるも、その文章が現代假名遣なる日本の歴史と傳統に反するものにて書かれむか、グロテスクの極みにて、日本文明は過去の遺物となるを意味す。今日の文化状況歴史的假名遣復活を至難となすも、憲法は日本の正統の表現としての歴史的假名遣にて表記せざるべからず。然もなくば言葉に規範を失ひ、文化、精神、道徳すべて崩潰し、やがて國家滅亡に至らむと論ず。
 既に五月三日に「新しい憲法を作る國民會議」が「第三次新憲法案」を發表するも、此は完全に新字新かなにして、何ゆゑの表記變更なるや一切の説明無きが、新保先生をして此論を書かせたるらむか。
 現行憲法の表記が正字・正かななるを、特に昭和六十一年の「現代仮名遣い」制定以來、國語改革論者は勝者の餘裕を以て是を默殺する一方、來るべき憲法改正の曉には、假名遣及び漢字字形の變更を確實に實現し、以て正字・正かなを葬り去り、その論者を「違憲」とて糾彈せむの勢ひさへも見ゆる中、かかる正論を、見出しには上記の如く「假名遣」の文字こそ無けれ、大手新聞掲載するに至れるは、時代大きく動き始むるを感ぜしむ。他方「公用文作成の要領」なる規定ありて、殆ど議論を歴ずして憲法表記の變更に進まむとす。
 即ち、昭和二十六年十月三十日附國語審議會の建議による同二十七年四月四日附の内閣閣甲第十六號依命通知「公用文作成の要領」には、その「第1用語用字について」「3法令の用語用字について」の項に、
3「當用漢字字體表の字體を用ゐてゐない法令を改正する場合は、改正の部分においては、當用漢字字體表の字體を用ゐる」
又同4「舊かなづかひによる口語體を用ゐてゐる法令を改正する場合は、改正の部分においては、現代かなづかひを用ゐる」(原文新字・新かな)
とあり。
 但し改正せざる部分の表記はその儘となるため、二表記混在の醜態囘避のため表記の全面改正提案あるべし。この時こそ假名遣問題に就き新保論文にある、「言葉に規範を失ふ」か否かの國民的議論を展開する最後の機會なれ。正字・正かな派はこれに備ふるに歴史的假名遣存在意義の理論武裝の強化と共に、「公用文作成の要領」への疑問提出も不可缺なり。
 曾て郵政民營化を繞り世論喧しき折、當初與黨の國會議員候補者の中には、總理の應援演説を郵政民營化言及を理由に辭退する動きあるも、謂はゆる「郵政選擧」にてシングルイッシューとして明確に主張して勝利せる故事あり。本格的論戰を期待す。


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