文語日誌
推奨環境:1024×768, IE5.5以上



文語日誌(平成二十三年十二月)
     
                  市 川 浩

忘らるゝ技術立國  
平成二十三年十二月十三日(火)晴 




 本年平成二十三年は立國のかなめに就き、考へさせらるゝ一年にてありけり。三月十一日の東北大震災とそれに伴ふ原發事故による被害額は天文學的數字に上り、一方國の財政赤字は膨脹を續け、對外的には沖繩普天間基地の移設、TPPへの參加問題など山積する問題に民主黨政權は野田内閣の發足により漸く對策前進の曙光を見るに至る。
 この間、多くの識者、評論家テレビなどメディアに登場して、問題解決の指針を提案す。曰く、原發の廢止と再生可能エネルギーへの代替、日米安保の見直しによる沖繩基地の縮小、日本農業生存のためにTPP不參加など聲高に主張せられ、その反對論は唱ふる人自體少く、國論は概ね斯かる論調に集約せられたるが如し。
 これらの論に「技術」の視點缺くるを感ずるは豈吾人のみならむや。まづ原子力に就きて言はば、終戰後我が國の原子力研究は、米英佛露の謂はゆる戰勝國に後るゝこと二十年なるも、この間は占領軍により研究すら禁ぜられ、獨立恢復後も捗々しき進展もなき空白期間にして、戰前の研究との連關も失はれ、實質倍以上の遲れあり、これ事故後の處理にも影響與へたるらむ。明年全ての原子爐を停止し、再度の空白生ぜば技術の遲れ取戻し不能とならむ。沖繩の基地移轉にしても安全保障戰略上必要とならば、邊野古新設は、附近の環境にも配慮せる最新技術による基地を目指すべきに、基地反對論に押され、その提言聞くことなし。
 敗戰後我が國は領土を失ひ、國内に資源なく、食糧不足し、焦土に立ちて如何に生くべきかの方途すら見定め難き中、貿易立國、技術立國を標榜して大いなる經濟發展を遂げ來れり。但しこの時の技術革新は外國よりの導入技術が主たり、今日のそれは新技術の創造を要し、我が國技術者の能力開發こそ急務なれ。
 然るに軍事技術は勿論、どのみち廢爐なれば原子力技術など不要と言外に仄めかすの論、原子爐も安全に動かせぬ技術にて革新的技術産むは不可能に近きこと無視す。更に今日音樂、スポーツなど世界に挑戰する若者懸命の練習に勵むに、技術者を目指す學生、高校の物理も化學も履修せず理工學に進學する者激増の趨勢、果して能く世界に先んずるを得むや。
 斯くして、工業分野のみならず、農業、醫療などの分野にて革新的の低價格化實現せず、長期に亙る經濟停滯を招くに至る。これ技術の輕視による必然の結果ならずや。
 十一月十一日、野田首相TPP參加に向けたる多國間協議に入るを表明す。食糧自給率低下し、大量の輸入に頼ること、エネルギー、工業原材料と共に圓滑なる貿易條件の確立を要すれば當然の結論、一夜明くればTPP不參加の論忽ち影を潛む。嗚呼。


▼「日々廊」表紙へ戻る ▼「文語の苑」表紙へ戻る