文語日誌
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文語日誌(平成二十三年一月)
     
                  市 川 浩

タイガーマスク
平成二十三年一月十七日(月)晴




 昭和四十年代の前半、「ぼくら」なる少年雜誌のありて當時稚かりし我が子に毎月購讀す。中に長篇連載漫畫「タイガーマスク」あり、虎の覆面し、類稀なる力と技を發揮する謎の惡役レスラー、實は孤兒院を出奔、「虎の穴」てふ苛酷なる錬成所にて修行了へたる猛者にて連戰連勝次第に花形となり、恩誼ある孤兒院の窮状を救はむとて、試合報酬金を匿名にて寄附しゆくに、「虎の穴」への上納金滯り、報復として次々に送り込まるゝ世にも恐ろしき難敵と戰ふ筋書、報恩感謝を勸むると共に、恰も三藏法師、孫悟空が妖怪變化との惡戰苦鬪の連續を彷彿せしむるあり。
 惜しむらく「ぼくら」その良心的編輯のゆゑにか程なく廢刊となり、「タイガーマスク」も知る人ぞ知る程の名作に畢り、實際のプロレスリングにて覆面レスラーを散見するに止れり。然る所四十年を閲して昨年年末より、主人公の本名伊達直人を名告りて、兒童施設に新品のランドセルを寄附する動き全國に廣がり、「タイガーマスク」も一躍洛陽の紙價を高からしむ。
 吾人はここに「富の再分配」に於ける寄附の役割に就き考へざるを得ず。米國に於ける寄附の盛んなるはさらなり、我が國にても戰前には財閥への批判高まりし故もあり、その寄附により設立せられたる學校、病院等多數を算へ、また個人的にも學資を始め村の祭に至るまで寄附の役割は大きかりけり。然るに近年、富の分配は國家之を行ふとて、寄附には税制上樣々の制約を課して規制を強化す。この結果、大規模の寄附は言ふもおろかに、秋の「赤き羽根」募金さへ低調となり、互助の寄附殆ど行はれざるに至れり。
 石田梅巌曰くに、「天下の財寶を通用して、萬民の心をやすむるなれば、天地四時流行し、萬物養はるゝと同じく相合はむ。此の如くして富山の如くに至るとも、慾心とはいふべからず」と。山の如き富を世に役立つるに自發の心に委すべきや、國家これを收斂して散ずべきや孰れ勝れる、今の人の心寧ろ後者を選ぶに非ずや。
 今次の政權交替に於て、豫算の組替へによる潤澤なる財源にての子ども手當等の公約ありしも、結果的には、「金持からふんだくれ」なる上等ならざる感情に依據せる高所得、富裕層への増税にて實施せらるとなり。かくては高所得の富裕層は多額の税負擔を理由にますます寄附をせず、卻つて貧富の怨恨を増大せしむるのみ。幸ひ我が國には喜捨の語あり、此度の「タイガーマスク」現象を機に寄附を貴ぶの風再生するを願ふ。


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