文語日誌
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文語日誌(平成二十二年三月)
     
                  市 川 浩

黒 鮪
平成二十二年三月十七日(水)晴




 明日ワシントン條約締約國會議にて、地中海及び大西洋に於ける黒鮪の取引禁止を審議し、締約國の三分の二の贊成あらば取引禁止が發效すと云々。鮨の材料として鮪をこの上なく好む我が同胞にとり氣がかりなる展開なり。禁止の機運その背景を詳らかにする能はざるも、禁止を推進するは米英、EU竝びにモナコの二十數ヶ國にして謂はゆる白人國家なるに、或感慨を催さざるを得ず。
 抑も特定の生物種を保護又は驅除するは他面生態系への影響大にして輕々に行ふべきものにあらず。況して彼ら白人元來鯨、鮪など食する習慣なければ、生態系保護を掲げ、漁り、商ひを禁ずとも何等痛痒を感ずるなきに於てをや。かくて鯨、鮪を文化として食する民族のみ困惑を被らば、民族、文化紛爭に發展の懼れなしとせず。現に鯨文化と無縁のシーシェパードの抗議行動、映畫「ザ・コーヴ」の海豚獵隱し撮り、その過激なる既に常軌を逸す。
 今日「環境」、「人權」を楯に我が國を叩く外患啻に鯨、鮪、海豚に止らず、昨日はジュネーブの國聯人種差別委員會對日審査所見發表あり。大正八年(一九一九)ベルサイユ平和會議にて人種差別撤廢條項(ウイルソン米大統領により否決)の提案國たる日本に對し數々の「人種差別」事實を指摘す。内容或いは日本人人權活動家のロビー活動の反映を疑はするものあるも、日本が國際關係に於て、恰も日本人選手オリンピック優勝の都度規則改正せらるゝに似て、目に見えぬ速さながら、なほ確實にその立場を喪ひつゝあるは、第一次大戰後大正末期より昭和初期を彷彿せしむ。茲に煽動家現れむか忽ち憤激の氣澎湃として起らむ。
 然れどもかかる煽動に乘せらるゝの危險は更に大なり。前の大戰も多分に煽動分子に乘ぜらるゝの經緯あるを學習し、言論と交渉術を以て海外諸國を説得して我が國文化の獨自性を確保すること先決なり。而して一方に於て最近の我が國食文化のあり方も反省すべきにあらずや。古來海の幸、山の幸とて地域により獨特の食文化を育み來れるを、特に戰後テレビの普及もありて日本國中同じ食生活となり、資源的にも涸渇の虞生ず。加之壽司など日本食を世界に輸出せる結果、鮪の問題も出で來るらむ。「文化の多樣性」なる概念最近漸く注目を集むるも、未だグローバリゼーションの呪縛を解くに至らず、世界各地に民族紛爭激しさを増すのみ。歴史上民族紛爭皆無の日本は、資源の適正利用の上からも、民族文化の多樣性の重要なるを今こそ全世界に向け發信すべけれ。
(三月十八日夜地中海、大西洋黒鮪取引禁止案否決せられ畢んぬ)


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