文語日誌
推奨環境:1024×768, IE5.5以上



文語日誌(平成二十一年十一月)
     
                  市 川 浩

三浦文彰氏の最年少優勝と義務教育
平成二十一年十月十日(土)薄曇




 本年度ハノーバー國際バイオリンコンクールにて日本の三浦文彰氏十六歳の若さにて優勝す。前には辻井伸行氏のバン・クライバーン國際ピアノコンクールにての優勝あり(六月八日)、この外にも水泳(尾崎好美)、槍投(村上幸史)、圍碁(井山裕太)など、この所若き才能の開花瞠目すべきものあり。然れども、これらの事例は孰れも文部科學省の主導する教育原理の齎せるに非ず。寧ろ學習指導要領と異る指導方法による快擧なりとさへ言ひ得。その一は幼少期に正式の訓練入門、その二は卓越せる指導者、その三は日常絶え間なき練習にして、通常の義務教育にては得難き環境天賦の才を見出したるなり。
 この事情學問にても同樣にして、古來學問は幼少の者に授くるを以て效ありとし、六歳になれば四書五經を學ばしむ。朱熹の詩に
 少年易老學難成 少年老い易く學成り難し
の語あるは大凡二十歳までは克く學問を吸收するも、人多くはこの期に怠りて學成らざるを戒むるなり。吾亦その一人たるを奈何せむ。
 我が國の義務教育當に六歳より始む。然れどもその主たる目的は抽象的なる「生くる力」、「考ふる力」の養成にありとし、學習指導要領寧ろ生徒の「學習負擔の輕減」に大いに意を用ゐるは、この貴重の時期を學問成就に活用せむとの意志無きが如し。
 人間に三大慾望あり、食慾、肉慾、知識慾これなり。これを馴伏するの術克く人生の幸ひを齎すこと千古の教へなり。然る所西洋近代合理主義これ等慾望の解放を呼號し、世人これを進歩と信じて四百年を閲す。然れどもその極限に行き著く所人類の滅亡を豫感せしむるに至れり。食慾、肉慾はこれを抑制するの要人なほ能く知ると雖も知識慾には節制の意識なく、「知る權利」とて一切の祕め事を白日の下に暴すを正義とす。斯かる際限なき知識慾は富と權力との飽くなき獨占慾、征服慾を産めり。今にしてこの慾望を制禦するの理念を有たざらば最終の勝利者の確定と共に遂に人類文化の終焉となるべし。
 古人知識慾の制禦は學問に如かずと知るゆゑに、少年に學問を授く。本朝にても江戸時代ほゞこれを實現し、我が國人の道義世界の尊崇を受く。教育の再生には先づ學問の意義を更めて明らかにするの要あるべきにや。


▼「日々廊」表紙へ戻る ▼「文語の苑」表紙へ戻る