文語日誌 |
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文語日誌(平成二十一年六月) 市 川 浩 市民講座 平成二十一年六月三十日(火)晴 M市の社會教育會館主催の生涯學習活動の一つに市民講座ありて、年間を三期に分け毎週火曜日午前十時より正午まで全三十囘、參加者は六十歳以上最高九十歳代に亙り、約百二十名毎囘熱心に受講なさるといふ。是に「名文で辿る日本の歴史」の企畫を提案の所、取り敢へず江戸時代を講ぜよとの運びとなれり。 かねてより我等刊行の「文語名文百撰−日本語はこんなに美しい」を文語講座に利用せむとの構想之有り、その最初の試みなればとて種々思ひ巡し、先づ江戸時代の特色たる經濟改革と學問の興隆とを柱として、「百撰」より前者には「日暮硯」、「都鄙問答」を、後者には「童子問」、そのほか「養生訓」の四篇を教材に選ぶ。 當日開講劈頭、直ちに「日暮硯」の音讀を始む。句讀點毎の短き一節づつを讀み、參加者に齊誦を御願するに全員元氣に和す。恩田木工の文言リズムよく、聲も揃ひまづまづの出端なり。文意略解の後、江戸時代に正徳、享保、寛政、天保の四改革あり、夫々一半の成功あるも根本的の解決を見ず了りたるに、この眞田藩を始め小藩に財政再建の功多きこと、現代の中央政府と地方自治體との關係に於て「小國寡民」の利を説く。 他の教材に就きても同樣に進み行くに、最後「童子問」は見慣れぬ語の多き故か、朗讀聲揃はず。一旦中止して略解を先にし、再び聲揃ふを得たり。偃武より以來學への潮流百年にして儒學より國學興るは平安初期にも類例あるを示す。現代にても先の敗戰後軍人多く産業界に轉じ經濟復興に貢獻したるも、今産業構造の激變に對應すべきの秋、顧みるに洋學百五十年にして、學問を輕視すること未曾有なる、患ひ深きに同感の反應あり。概ね此の如くにして二時間の講座を終了、朗讀に聲を出すは久方振りなりとの感想一二聞くあるも、評價は後日のアンケート結果に俟つのみ。 惟ふに文語復活には聲より入れば著效あり。曩に小學生の漢詩暗誦の例あり、今囘は高年層にしてまた朗讀を喜ぶ。文語のリズムを好むに世代を問はざるは、言靈なほ日本人の胸にひゞくなり。少くとも「百撰」所載の文語文孰れも音讀に適すること明らかなれば、本書朗誦教本としての役割を擔ふも亦可なるべし。 |