文語日誌
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文語日誌(平成二十一年四月)
     
                  市 川 浩

新常用漢字表
平成二十一年四月十九日(金)晴




 文化審議會國語分科會は常用漢字表一九四五字の内五字を削除し、別に一九一字を追加して二一三一字とする「新常用漢字表(假稱)」を文部科學大臣に答申す。


 漢字は應神天皇の御世百濟よりと傳へ來れるを、今の世にては眞に非ずとて信ずる人も少けれど、この時より世々使ひこなして假名文字と交りたる玉梓の榮えこそめでたけれ。文明開化の世となりて漢字御廢止の、ローマ字の儀と角を矯めて牛を殺すの類多くは西洋にかぶるゝの論議罷り通り、軍に敗るゝや漢字を學ぶに追はれて精神の發達後れたるが敗因なりとこれも西洋人の説を鵜呑みにし、ここ百年がほどは漢字は難しきもの、學ぶ價値莫きものとて、ひたすら制限、忌避を事とし、字體をいぢくり、宛字、交ぜ書きを撒き散らせり。


 非天子、不議禮、不制度、不考文。天子に非ざれば、禮を議せず、度を制せず、文を考へず
と中庸に出づ。禮樂、度量衡、文字を妄りに易ふるを戒むるの言なり。しかも念を押すに
雖有其位、苟無其徳、不敢作禮樂焉。雖有其徳、苟無其位、亦不敢作禮樂焉。
其の位有りと雖も、苟も其の徳無くば、敢て禮樂を作らず。其の徳有りと雖も、苟も其の位無くば、亦敢て禮樂を作らず
とあり。「國語政策」に於て戰後絶大の權力を揮ひし「國語審議會」をこの戒めに照らさば思ひ半ばに過ぐ。況してその後身「國語分科會」未だに行政による言語、表記の指導統制を行はむとするに於てをや。


 一方、近年町村合併にありて新しき地名に從來の地名漢字を用ゐむとするに、「この字常用漢字表になきゆゑ使ふべからず」としたり顏に言ふ者に「固有名詞は對象外」とも反論できず、結局ひらがな地名となるは屡々見る所なり。官官たらずといふも、復た民も民たらず。


 知人架電して曰く、「香港のテレビ報ずるに、中國人民政治協商會議委員の潘慶林氏、簡體字の廢止、繁體字(正漢字)の復活を訴へ、當地にて議論白熱しをり」と。彼の文革の國にしてかゝる動きあり、豈鑑戒とすべからざらむや。


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