文語日誌
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文語日誌(平成二十二年三月)
     
                  小椋智美

東京の冬




 我が東京における二度目の冬、終はらんとす。
 三月三日、桃の節句。我が寮に近き商店街の花屋にて、我が腕ほどもあらむ桃の花の枝を目にす。白き紙に包まれ、青きバケツにいくつも活けらるる彼の桃、鮮やかなるも、淡き色したるも紅の花瓣ほころぶは、風情を感ぜしめ、春の氣配知らしめたり。身につけしマフラー、ふと必要ならざるものに思へり。
 三月十四日、世間はホワイトデーなりしも、我關することにあらず。氣ままなる散歩の歸り、隣家の櫻と思しき花、枝先、中程に薄紅の花開かむとするを見る。驚き携帶に寫眞收む。胸彈む心地す。
 三月十八日、アルバイト終はりて、友人と二人、甘き香りの漂ふに氣づく。視線を巡らすに、薄く鴇色がかる白き花の集まりて咲くを見かく。沈丁花なり。松任谷由實の歌ひたる『春よ、來い』にて登場するを思ひ出し、二人、童女の如く彼の歌口ずさみつつ歸りぬ。
 氣附けば隣家の櫻、アスファルトの上、多くの花瓣を散らせり。美しくも氣の早きこととぞ思ふ。また傍らのマンションのミモザの、ごく小さき花瓣集まりたる黄色き房の如きも、また、白と桃色、淡き黄緑に染まりて臘梅に似たる、我が大學の入り口に咲く紅梅の李、眞白く葉の無き木蓮、三寒四温、冬の支度、春の支度に戸惑ひを覺ゆるうちにも春を感ぜしむ。
 我が東京における三度目の春、始まらんとす。
(お茶の水女子大學 言語文化學科二年)


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