文語日誌
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文語日誌(平成二十四年十月二一日)
     
                  兒玉 稔

ベンチプレス



 住まひに近きフィットネスセンターに通ふこと既に十年を超えたり。週末または勤務に出ざる日、一時間弱のウォーキングマシンの後、模範ビデオ見ながらストレッチ、その後サウナ、風呂、シャワーするをフィットネス日課とす。しかるに過ぎし春より筋力トレーニングに目覺めぬ。その動機、些か不純なるもの無しとせず。
 同センターに重量擧げ器械數多置ける一角あり。重量擧げは素人がいきなり始むるに抵抗ある種目にして、腕、脚、腹筋等の鍛錬器械に比し利用者まばらなるを常とす。ある日、ストレッチしつつ何氣なく見れば妙齡の指導員、客に重量擧げ種目丁寧に指導するを見ゆ。思ふに、重量擧げに親しむ客を増し一部器械の混雜を避けたき意圖の如し。而して、彼女が指導頗る手厚し。若き女性特有の清らなる笑顏湛へ親しげに教ふ。我、指導受くる客に微かなる羨望を覺えたり。
 日を經て、例の如くウォーキングせんと同所にある時「本日は開店○周年記念日なれば、初心者限定重量擧げコンテスト催す。參加されたし」との言葉あり。これ更なる重量擧げへの誘導策と理解す。聲かけしは件の妙齡指導員なり。我に斷る理由こそなけれ。
 コンテストはベンチプレスを以てす。長椅子に仰向きに寢、バーベルを胸の上に置き、腕にて一囘のみ押上ぐるものなり。參加要請に應へし者、僅か五名。我を始め皆初心者なれば力込むる要領不明にして良く擧げ得ず。四七キロ擧げて勝負に殘りし者、我含め三名。續きて我四七・五キロ擧ぐ。續く者無かりければ、望外の優勝者となり、賞状に加へ副賞スポーツドリンクペットボトル一本を得。
 その後もなほ重量擧げコーナーに人影まばらなれば、彼女我を見ばベンチプレスに誘ふ。彼女が指導親しく受けたき心、常にあれば必ず誘ひに應ず。一日、彼女の指導に從ひ、より重きバーベル渾身の力を以てしたれば、かつて能はざりき重さも擧げ得ることとなりぬ。以後、徐徐に重さ、擧ぐる囘數を加へ、その日その日の限界まで挑む。
 さる日、ワイシャツのボタン締難きを覺ゆ。過食續くる時、ボタン締難きこと過去たびたびあれど、そは腹に近き邊りのボタンなり。今朝は胸ボタン締まらず。然り。半年のベンチプレス胸が筋肉の増強に與かりしこと疑ひなかるべし。これ風呂場の鏡にても明らかに見ゆ。妻も同意し、定期健康診斷の筋肉量比較によりても知らる。
「筋肉は使はば成長す、その成長は年齡を問はず」と聞き覺えたれど、我が身を以てそを確認すとは豫想だにせざりき。六十歳臺半ばを超え、なほ筋肉増強する愉快、我に一層のトレーニング強化を決意せしむ。
 されど本日の新聞に次の記事あり。思ひ千千に亂る。
「一定年齡後の激しき運動、體内に有害活性酸素を生ぜしむ。これ老化原因の一なり」


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