文語日誌
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文語日誌(平成二十三年二月二十一日)
     
                  兒玉 稔

ニューヨークの電車運賃



 二十七年前勤務先にてニューヨーク駐在を拜命せり。海外への社員派遣、會社初ての事なり。而して經驗談訊くべき先任者無く、仕事、生活を始むるに戸惑ふこと多かりき。その一つに電車運賃あり。

 著任當初、單身市内ホテルに居りしが、家族到著の日近づき住居定めむとて電車で郊外に行きたり。驛にて切符求め一時間弱乘車。目的の地の業者を訪ひ數戸の家を見て後、市内に歸るさ、往路よりも運賃安價なるに氣づけり。

 翌日も同じ町に行く。この日多忙にして驛窓口に寄る暇無く、車内にて切符買ふこととす。この鐵道、改札口といふもの無ければ、切符無くとも電車に乘り得。

 座席に著き檢札に來たる車掌にその旨を告ぐるに、前日驛にての切符代よりも多きを請求せらる。間違ひと思ひ反論せむと立上がれど、この頃何かと多き出費に比し少額なれば言葉不如意の交渉する迄も無しと考へ直し、坐りて求めらるる額を拂ひぬ。。

 住ひ定むる迄この現地行きを重ねたり。その運賃實に融通無碍と言ふべく支拂ひの都度異なる。驛にて切符を買はざる者に罰金課すかと推測すれど、逆に車内購入、驛より安き時もありて理解する能はざりき。

 當時、米國勞働者、勤勞意欲低く萬事投遣りにして間違ひ多しとの説あり。驛員車掌もやる氣無き儘、時の氣分にて料金徴收し居るか。また日米經濟摩擦激しく議員や勞組員、日本製自動車電氣製品鐵槌を以つて壞す樣、テレビ局好みて映す頃なれば日本人たる我にその餘波及びて苛らるるかとも思へり。

 やがて彼地の生活に親しむにつれ事情分りたり。決して人種差別にあらず。

 まづ、乘車時間に從ひ二價格帶あり。混雜時間帶は高し。次に、車掌よりの購入にはペナルティを課して更に高額とす。都合四態樣四價格帶が基本、是に多くのバリエーション加はる。なほ、無人にして販賣窓口無き驛より乘車の者、驛にて切符購入の方途無ければ車内ペナルティ無し。(今は自動販賣機の有無による)。

 以上を知り、事の次第大方飮込むと言へども尚、腑に落ちざる點あり。更に後、條理に適ふ由あるを知る。即ち、有人驛と云へども驛員往々にしてパートタイマーなれば時に窓口閉づることあり。その際は有人驛乘車なるとも驛購入不可なるを以つて無人驛扱、是なり。

 昨年、久方ぶりに同地を訪問。運賃システム概ね當時と變らざるを知り、かつて面喰ひし事ども生活の苦心を想ひけり。

 今その價格、驛購入の最安値七・七五弗より混雜時間車内購入十七弗迄の幅なり。他に身障者用シニア用料金あり、是には車内購入ペナルティ無し。更に往復割引家族割引等も存し、運賃體系の複雜なる、東京の比にあらず。


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