文語日誌
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文語日誌(平成二十二年六月二十八日)
     
                  兒玉 稔

 濟州島のバスガイド



 上海よりの歸途、韓國濟州島に寄り觀光バスに乘りたり。乘客皆日本人、中年の韓國人女性バスガイド日本語にて案内す。
 まづ訪ひしは藥泉寺。海を臨む高臺に建つ。建物壯麗にしてガイド誇らしげに先導す。我、日光東照宮に類似の感抱き建立年を問へどもガイドが答要領を得ず。言葉萬全ならねば質問を理解せざるものと思ひ其儘にす。後、ある乘客我に小聲にて言はく意外に新くして戰後の建物らしと。古さは日光に劣れども、此方には日光に無き海の眺望あり。隱さず歴史を述べ寧ろ景色を自慢せば良きものを。
 次なる觀光は柱状節理なり。太古の昔、海に入るマグマ急に冷えて生ぜし奇形の岩々が波に洗はるる樣佳景と言ふべし。自動車にて至近距離に辿著き得ること、散策に程良き規模なること等好ましけれど、岩そのものの大きさは我國の東尋坊に比すべくもあらず。この點意識したるにや、ガイド努めて規模への言及を避けむとす。
 再びバスに乘りて更なる目的地に向ふ。途次、ガイド突如話題を改め韓國は建國以來四千三百有餘年、我等が歴史は紀元前二千三百三十三年に始まる。日本が歴史の始はいつかと乘客に問ふ。答へむとすれど我國にては二千年を超ゆる昔は有史以前。彼の四千年に遠く及ばざる事口惜く押默りたり。假令、神武天皇の神話にて數ふるとも皇紀二千七百年に滿たず。
 客いづれも窓外を過行く田畑眺めつつ話題轉ずるを待てども、案に相違しガイドが追及止むことなし。遂にはバス内中央通路を歩み來りて「汝日本が歴史の始りを知るや」「汝は」「汝は」と乘客一人一人に顎をもつて問ふ。誰一人答へ得ざるを確かめし後、バス前部のガイド指定席に戻て此方に向直り、勝を得し如き口調にて言はく「答なし。汝ら自國の歴史を知らざるか。あきれたり。日本國民皆かくのごときか。韓國にては子供だに國の始めの年を知る」と。
 その後、書物にて韓國が歴史は神話檀君即位より數ふるが常と知りぬ。檀君は千八百歳の長壽なりしとぞ。神話ならば我にも伊邪那岐命、伊邪那美命にて對抗を得。又、今思へば繩文の古きもあるに、我も他の乘客も一矢だに報いざるこそ齒がゆけれ。
 彼は日本人乘客專門のバスガイドなるべし。毎日日本人を客として同じ質問をし、日に一度は溜飮を下ぐらむ。此國の日本への恨深きを思ひ、また我國歴史教育に缺くるあるを指摘せられたる心地す。
 次に濟州島に行くとも觀光バスには乘るまじ。
 


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