| 文語日誌 |
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文語日誌（平成二十一年十一月十九日） 兒玉 稔 拜啓 秋冷の候、兄上樣には益々ご清榮の御事とお喜び申上げ候。 過日は美味なる柿をご惠贈賜り恐縮至極、我らはかねてご報告の旅行より無事歸國、遲れて御禮申上ぐる段ご容赦願上げ候。 米國加州サンタバーバラにて一日遊び、その後羅府より墨國海岸三都市を巡る船に乘り候。航路一週間、十一萬六千總頓の大なる船なり。かのタイタニック號四萬六千總頓たるを思はるればこの船の大なるを知らるべし。船内には食堂、酒場隨所に數多あり候。しかのみならず氣泡風呂附き水泳場四を數へ、劇場、賭博場、舞踏場、球技場、散歩道、運動場、市場、遊戲室、圖書室その他完備す。全行程十萬圓足らずの支拂にてこれら施設全て使ひ放題なるは、豫約状況に從ひ價格變動のゆゑにて候。 船内滿室にて乘客二千六百人の多きを數へ大方米國人なるは當然。邦人客わづか數人、中國人、韓國人は散見いたし候。 米人乘客は乘船後直に居場所を定め、日光浴する者、カード遊びに興ずる者、酒飮む者、いづれも早や寛げる風情にて候。我らはまづ船が全貌を知り、しかる後にきはめて相應しき場所を定めそこにて寛がむと考へ候。 彼らは眼前が施設良しと思はば、他と比較する手間省きてそを取る、即ち肉食動物的狩獵民族的即物的態度とも言ふべし。我らは草食動物的農耕民族的なり。船内設備くまなく探檢して騷音日當り風向き景色比較檢討したる後に最上の一所を定めむとす。是まづ總論を得てのち各論に至らむとの知的態度とも言ふべきに候。 今思ふに我が方針の必ずしも正しからざりきと。ここの水泳場かしこの散歩道を試み賭博場を覗き市場にて買ひもの、二度の晩餐會、寫眞撮影、觀劇もこれあり、更には酒に醉ひて早寢の夜もありぬ。寄港すれば上陸見聞を廣め、腹ごなしの運動また不可缺と、げに忙しく過ぐし候ゆゑ一週間ありと言へども船内探檢盡くし得ず、かくて寛ぐに最適の場とてどこも定め得ぬまま下船の日至り、我ら遂にゆるりと時を過ごすこと無き次第とは相成り候。次囘乘船の折にはかかる愚犯すまじとも思ひをり候。 末筆乍ら義姉上樣に宜しくご傳聲願申上げ良き新年を迎へられむことをお祈り申上げ候。頓首 平成二十一年十一月十九日 兒玉 稔 鐡男兄上樣 |