文語日誌
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ラダック紀行(其之二)
     
                  
仲 紀久郎


 レーに著きし夜、同室の先輩ヨガマット、雙眼鏡を持ちて、「星をば見ん」と小生を誘ひぬ。小生も用意したる防寒ダウンジャケットを羽織りホテルの廣きベランダに出でぬ。


 星の數、濱の我家にて見ゆる十倍はあり。レー隨一のホテルなれば、建物明るく周圍に街燈多し。星の觀測には障礙なり。されど、星までの距離、手を伸ばせば屆くにあらずやと思はるる也。「あの星を取つて呉れろと泣く子かな。」電燈の發明以前は、星は斯くも近きものなりしか。北斗七星美し。天文知識の不足を嘆きぬ。
先輩はマット上にて瞑想に入りぬ。妨げとならんことを恐れ靜かに引上げぬ。
翌日、ウレトクポの宿。同室者、我に遲れて歸室、「星、見事なり」とぞ云ふ。二人して外に出でぬ。「街道まで行かん。」
ホテルの門、既に閉ざさるれども、門番氏、笑顏にて開錠開門す。


 「何と・・・」横濱の百倍、千倍の星と云はんとも誇張に非ず。高解像力の天體寫眞目前に有るが如し。夜空の白く輝きたる。眞に星月夜とは斯くの如きか。暫く見惚れたるも、門番氏を長らく待たせんも心苦しく、心は後に殘れども、思い切りをつけざるを得ざりしなり。


 余、かつてモンゴル訪ねし折、司馬遼太郎の「モンゴル紀行」讀みて、彼の地の星空を常々憧憬してありき。されど訪れし當日は月夜にて、月眞に美しけれど星見えず。今宵ウレトクポにて遂に憧れの星空を見るを得つ。




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