一九四一年(昭和十六年)十二月八日 ニューヨークタイムズ社説 日本、つひに牙を 合衆國は日本に對して、直ちに宣戰を布告すべし。 斷乎たる應戰に非ずして、 日本は、ワシントンにその使節を派遣して、今なほ我が國民に友好の意を示しつつありき。然るに、 敵の征戰を起したる、何ぞ此の期を選びたる。 抑ゝ(そもそも)、日本はヒトラーの強要に屈したるか。 ヒトラーは、數月來、合衆國の戰力を、大西洋より太平洋に移動せしめんと企圖することあり。 あるいは、日本は自ら 焦燥に身を燒きて、臆測に時を浪費するの愚を犯すべからず。 恐らくは、自ら畫する所ありてなるべし。 ヒトラー、如何に、合衆國の目を轉じて、太平洋に向けしめんと欲すと雖も、この時に當りて、合衆國が日本と事を構ふるを望むことなからんと察せらる。合衆國、日本と交戰す。これ即ち、ドイツは、歐洲大戰未だ定まらざるに、戰線擴大して、窮迫するに至るのみ。 日本の 然りといへども、すでに敵の 敵は、長きに亙りて策略を囘らし、合衆國の防衛線を突破せんと試む。この事實を見よ。また何をか言はん。 斯くの如き野望に対し、合衆國は 全力を以て報復を加ふるの外なし。恐慌を來たすなかれ。 眞の目標を見失ふなかれ。 我國は、日本と交戰すべし。日本は長く我國の脅威たりき。無法なる恫喝を以て、我國の安全を脅かし來たる。今こそ起つて、惡の根を絶つべし。 ただ、日本と交戰するに當りて、その力を恐るるの餘りに、沈着を保つに遺漏なかるべし。 日本、侮るべからずといへども、小を恐れて、大を忘るるなかれ。 已に 我が政府はこれをよく分別すべし。 政府の作戰は、歐洲の主戰場に兵力を送るに遺算なきを期せざるべからず。戰ひの歸趨は、懸(かか)りて、歐洲に送る兵員の流れにあり。 ヒトラーを壞滅せしむるを得ば、極東の戰局は自づから定まらん。 翻つて勘案するに、ヒトラー、歐洲に於て勝利を収むるあらば、譬(たと)ひ日本を粉碎するを得とも、すでに死命を制せられたりといふべし。 歐洲の同盟國は、合衆國と理想を同じうす。欧州を防衛するは、合衆国を防衛するに異ならず。この危機に當りて、我が國民は、一致協力、我が身を顧みずして、國に報ゆるの實を示すべし。 惜しむらくは、大統領の政策に異を立つるを事とせし向きもあり。また、大統領の決斷に從ふを潔しとせざりしもあり。斯くのごとき勢力に對し、苦言を呈せんと欲す。 昨日、日本軍は、ハワイ、グアム、フィリピンの米國艦隊に攻撃を加へたり。いづれも我が西海岸より數日の航行距離にあり。 合衆國が襲撃せらるることなかるべし、との神話ありき。大統領に異を立つる勢力は、神話を疑ふことなく、平和の白晝夢を貪り來たれり。 今やこの事實を見よ。斯くのごとき神話は、昨日、 あるいは、合衆國の防衛線を侵犯せんとするの國家ありとは夢想に過ぐ、と唱へし者ありき。 あるは、日本は米國の同盟國となるべく、隠忍友好を維持すべし、と言ふもあり。而して、大統領は敵の脅威を 斯くのごとき人少なからずといへども、悉皆、愛國の情より出づるにあらざるはなし。これを責めてェさずんば、却りて國論の分裂を生むに至らん。 今、敵の來来襲は現實となれり。いづれも思ひを新たにするところあるべし。日本と友好を維持すべしと唱へたる人々も、自らの過誤に思ひ至りたるならん。 然れども、是また尽忠の一念に出づる所、米國人の傳統に 時は來たれり。全國民に訴ふ。ただちに大統領を翼賛せよ。誰かよく否(いな)と答ふる者のあるべき。 日本の脅威を警告し來たりし人も、今はそれを誇りて何の益かある。擧國一致、星條旗の下に結集するの時にあらずや。 一瞬の躊躇もあるべからず。軍は速やかに戰ひの備へを為せかし。 合衆國の傳統は、その團結にあり。今にしてその力を發揮するに非ずんば、建國の理想また空しかるべし。 ああ、この 合衆国は攻撃せられたり。合衆國は存立の危機にあり。 愛國の念あらば、職務を全うして、民主主義の 戰ひに趨くは、國土を防衛せんがためなり。我國の現在および將來を防衛せんがためなり。國民の希望を防衛せんがためなり。自由と獨立の土壤の上に築き上げたる米國を防衛せんがためなり。 この米國なかりせば、生を託する國土をいづくにか求めん。 (譯 山田弘) ▼「逍遥亭」目次へ戻る |