逍遥亭>和田裕:第三囘グレート・マスターズ演奏會を聽く |
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第三囘グレート・マスターズ演奏會を聽く 和田 裕 十月十一日午後麹町紀尾井ホールに催されたる第三囘グレート・マスターズ演奏會を聽く。 一昨年の第一囘聲樂竝びに絃樂器編、昨年の第二囘ピアノ竝びに管樂器編に引き續き今囘は聲樂編として歌を中心とせるプログラムを編成せり。 グレート・マスターズとは本來の巨匠を意味するよりも齡古稀を超えたる高齡の藝術家に對する呼稱にして多分に敬老の意味を籠めたるものと云ひて可なるべし。 余は第一囘よりの常連にして彼等が昔取りし杵柄の片鱗を披露するを聽きて嘗ての現役として活躍せる時代を懷かしみ、過ぎにし我が青春に思ひを馳せるを最大の樂しみとせり。 この會の司會を務むるは後藤美代子女史にして、永年NHKクラシック擔當のアナウンサーとして馴染なりき。 定刻午後三時過ぎ滿席の聽衆の拍手の内に最初にステージに登場せるは本日出演者中最高齡八十四歳のメゾ・ソプラノ歌手栗本尊子女史(ピアノ伴奏塚田佳男)なり。 彼女は第一囘にも出演して健在ぶりを證せるが、二年後の今囘も毫も喉の衰へを見せず見事に『この道』(山田耕作)等三曲を歌ひ終れり。 次に登場せるはソプラノの瀬山詠子にして七十四歳なる年齡は本日出演者中にては若手に屬するなるらむ。 彼女は得意とする三善晃作品の内斷片的詩數編からなる『高原斷章』(神保光太郎詩)を採上げたるが、些か印象薄きものなりき。 尚ピアノ伴奏は「こんにやく座」にて活躍する寺嶋陸也が擔當せり。 三番目の出演者はバリトンの宮原卓也(七十六歳)にして、『ステンカ・ラージン』『トロイカ』のロシア民謠二曲を披露せり。 音吐朗々として聲の艷音量共に現役として通用する出來榮えにして當日の詠唱中秀逸のものなり。 ピアノ伴奏は塚田佳男が務めたり。 尚宮原は二十年程以前發聲學研究の途次大學醫學部に籍を置き醫學博士の學位を取得せる異色の人なり。 四人目の歌手は八十二歳のソプラノ川内澄江にして、田中明子のピアノにて啄木の『初戀』外二曲を歌ひたれども、歌唱力は二歳年長の栗本よりも衰へたる感あり、ややよろめきたる印象を受けたり。 五人目前半のプログラムの最後を受け持てるは本日最年少七十一歳の中澤桂(ソプラノ)にして寺嶋陸也のピアノを伴ひて歌へる中田喜直の歌曲と歌劇『夕鶴』のアリア二曲はこの日の演奏中の第一と稱して過言にあらざるべし。 余が感動せるはその日本語の發聲の美しさにして彼女に比すれば當日歌ひたる他の歌手は勿論日本語の歌曲に定評ある鮫島、藍川の兩女性歌手もベルカント風の洋式發聲を脱せられざるやう感ぜり。 休憩を挾みて後半の最初は喜壽を迎へたる伊藤京子女史なるも今囘はソプラノの唄は歌はれず詩の朗讀をプログラムに擧げたり。 採上げたる詩は窪島誠一郎作『無言館』よりその他なり。 無言館は抑この詩の作者なる窪島氏により信州上田市郊外に建設せられたる戰歿學生の遺作を展示する美術館にして、余も一度此處を訪れしことあるも展示品を鑑賞しつつ戰爭當時を囘想し黯然たる氣持を懷きて館を離れたり。 この詩も當然「暗さ」を主題とせるものにして伊藤女史の之を強調したる朗讀は殘念ながら余の欲する處に非ず。 伊藤女史の次はこのコンサートの司會者の一人でもあるバリトン畑中良輔なり。 彼は一千九百二十二年生れの八十二歳、余と同年なり。 思へば彼の活躍せるオペラ『ドン・ジョバンニ』『フィガロ』等々を盛に聽きに通ひたるは余の四十歳臺の頃なりき。 今囘彼は伴奏に前囘のコンサートにてアルベニスを熱演せる青山三郎氏を迎へて信時潔の作品『沙羅』を採上げたり。 信時作品は上演の機會少なきも歌曲には味はひ深きもの多く、この日の歌も又余の意に適ひたり。 若しこの演奏會に熱演賞、迷演賞、側迷惑賞なるもの設けられんか畑中氏の次に登場せる八十一歳の平山美智子女史のこの三賞を悉く獨占すること疑ひなかるべし。 平山女史は永年に渉り伊太利に在住して彼の地にて活動を續け來りしにより我が國には馴染薄き藝術家にして、余も初めてその存在を知れり。プログラムにて彼女の項にはヴォイスとの表示ありて、ソプラノ若しくはアルトとの音域指定は行はれず、演ずるはシェルシ作曲『山羊座の唄』よりとありたり。 彼女の登場前にステージにはティムパニー、シンバル、シロフォン、マイクロフォン數個等々運び込まれ要所に設置せらる。ジャチント・シェルシなる人物は來年生誕百年に當る前衞作曲家にして、多くの作品を平山女史のために作曲せりと云ふ。 この『山羊座の唄』もその一なるべし。而してこの唄は全曲を演ずるに二時間近くを要する大曲なりと。女史颯爽と登場、小柄なる八十路としては若々しき女性なり。 演奏開始、正に前代未聞、驚天動地のものなり。女史は宮崎峻作品の動畫に活躍する魔女の如く髮振り亂し、時に淨瑠璃に似た唸を發し、或いは馬鹿囃子を唄ひ、喚き、含嗽の音を出し、打樂器を叩き散らし、八面六臂支離滅裂の動きなり。 聽衆一同あれよあれよと見詰むるのみ。之の二十分、三十分と延々と續く演奏が、短時間なれば珍しきものとして拍手大喝采を浴びるならむに、如何にせむ何時終るとも果てしなし。 耐へ兼ねて席を立つ聽衆二三、遂に會場より聲あり「まだ續ける氣か!」と。しかれども佳境に入りたる女史は止める氣配更に無し。その後十分程にて漸くザ・エンド。安堵の拍手各所より散漫に起る。女史のひたむきさ、藝術的熱情は理解し得るも發表の場所と方法を誤りたるならん。 余の感想を問はれんか日光華嚴の瀧巖頭の藤村青年の如く「不可解」と答ふるのみ。 大熱演の平山女史の次はテノール歌手中村健にして、彼は七十二歳と若手なり。塚田佳男の伴奏により野口雨情詩、山田耕作作曲になる民謠二曲とサトウ・ハチロウ詩中田喜直作曲竝びに坂田寛夫詩大中恩作曲の童謠七曲を唄ふ。「歌のお兄さんに非ず歌のお爺さんなり」と自稱するも、『とんとんともだち』『いぬのおまわりさん』等、大柄にして堂々たる體躯の男子から發せらるゝとは想像もつかぬ可愛らしき聲にて唱はれたるは『山羊座の唄』の昏迷から救はるゝ思ひにて滿場拍手大喝采を以て應へたり。 惜しむらくは前の出演者に比して餘りにも短時間なることにて些か物足りなさを感じたる次第なり。 當日の出演者の最後十人目はバリトン歌手栗林義信にして、ヴェルディのオペラ『オテロ』『リゴレット』等よりアリア三曲を唱ふプログラムなりしが、平山女史の長時間に及ぶ演奏により閉演豫定時刻既に過ぎ、余は次の約束のため心を殘しながらも聽くことを諦め會場を離れたり。 ▼「逍遥亭」表紙へ戻る ▼「文語の苑」表紙へ戻る |