岡崎久彦 - 出師の表 - 三
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『出師の表』 三  岡崎久彦


「然れども侍衞の臣、内において懈(おこた)らず、忠志の士、外において身を忘 るるは、蓋し先帝の殊遇を追ひて之を陛下に報ぜんと欲すればなり。」


 蜀漢疲弊せりと雖も文武百官の志氣いまだ高かりき。二度の出師強行に唯々として孔明に隨ひて死力を盡せし一事を以つて之を知るべし。孔明の至誠人を動かし、何人も孔明に威服せざる無き當時の蜀の雰圍氣を傳へて餘りあり。然れども孔明これを自らの人徳の故とせず、先帝劉備の遺徳に歸して人心を結束せしむ。


 ここに早くも孔明單刀直入す。「誠に宜しく聖聽を開張して、以て先帝の遺徳を光 らしめ志士の氣を恢弘すべし。」


 後主劉禪不敏のため志士の氣に既に翳(かげ)りありしならん。「皆の言ふ事を能くお聞きになり、お父上の名を恥づかしめず、皆の氣持をもう一度奮(ふる)ひ立たせて下さい」と諭すなり。


「宜しく妄りに菲薄し、(自分などどうせ先帝に及ばないから、などとなげやりな事を言ふ)喩を引きて義を失ひ(都合の良い喩へを引きて口答へをなし忠言を斥くる、自信なき二世に間々見られる癖(へき)ありしならん。義を失ふは嚴しき表現なれど、かくして正邪の判斷を誤りし事多かりしならん)以て忠諫の路を塞(ふさ)ぐべからざるなり。」 先帝の遺孤の缺點をかくまで端的に指摘せざるを得ざる孔明の心痛如何ばかりならん。寸毫の私心なく、有るは熱誠のみなる事何人も疑ひを插まざる孔明にして初めて發し得る言辭なり。


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