岡崎久彦 - 蹇蹇録 - 其の九
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『蹇蹇録』 其の九  岡崎 久彦


陸奧は早くもその翌日勅裁を得て、公文を以つて露國に囘答す。 文に曰く

「今囘朝鮮の事變を釀成したるの根因未だ芟除(さんじよ)せざる のみならず・・・。そもそも帝國政府は疆土侵略の意を有するもの に非ず。」

「この囘答は外形において毫も圭角(けいかく)を露(あらは)さ ざれども、畢竟外交的筆法を以つて婉曲に露國の勸告を拒絶したる ものなれば、露國がこれに滿足すべきや否や更に待つべき所」であ つたが、ロシアは取り敢へずこの囘答を受諾し、即時反論の機を逸 せり。


しかし、陸奧はロシアは「決して終始沈默すべきものに非ずと推 量」しをりしところ、果して七月に至りて「朝鮮國における事變は これを傍觀する能はず」と念を押し來れり。されどその時は既に日 清の戰端開かれ「第三者たる列國は容易にその間に容吻するの機を 得ざる事となり、 露國もまた他の列國と同じく暫く傍觀の地位に立 ちたり。」またも陸奧の措置の迅速さはロシアの機先を制し、效果 的介入の餘地を封じたり。


しかるにロシアはその後も「毫末もその執念深き初志を變ぜざり しは歴々に徴すべきものあり。即ち下關條約締結の瞬間において、 露國が劈頭に干渉の張本人となりしは決して偶然一時の事に非ざる を知るべし。」

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